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平成30年度 20181129 第3回DS教育研究センター・リスク研究センター共催セミナー

リスク研究センターでは、平成30年11月29日(木)、東京大学大学院工学系研究科より、和泉 潔 氏をお迎えして第3回データサイエンス教育研究センター・リスク研究センター共催セミナーを開催いたしました。

  日 時:平成30年11月29日(木)16:10~17:10 
  会 場:滋賀大学 彦根キャンパス セミナー室Ⅰ(士魂商才館3F)
  演 題:『人工知能技術と経済学モデルは融合できるのか?金融市場における人工知能技術の現状と課題』
 講  師:和泉 潔 氏(東京大学大学院工学系研究科 システム創成学専攻 教授)  

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【セミナー報告】
 東京大学大学院工学系研究科の和泉潔先生を講師にお迎えし、「人工知能技術と経済学モデルは融合できるのか?」との題目でご講演を頂きました。  人工知能(Artificial Intelligence:AI)の基礎技術の1つである「機械学習」を駆使することで、画像やテキスト情報を金融経済分析で活用できるようになってきており、従来よりも高精度の分析が可能となることが期待されております。
 和泉先生は、日本銀行の金融政策決定会合直後に開かれる日銀総裁の記者会見中における顔の表情を、機械学習の手法に基づき、喜び、怒り、悲しみ、驚きなどの感情が占める割合として数値化しました。その結果、金融政策の変更を行った会合に向けて、日銀総裁の記者会見中の表情は「悲しみ」の割合が増していき、政策変更を行った直後の会見では「悲しみ」の割合が低下する傾向があることが分かりました。市場動向に大きな影響を及ぼす金融政策の意図を、政策決定者の表情から直接読み取ろうとする興味深い研究です。
 テキスト情報を金融経済分析へ取り込む「金融テキストマイニング」も学術・実務界で活発になっております。これは、金融経済関連のテキスト情報を単語や文節で区切り、出現頻度や文節の係り受け関係から、有益な情報を抽出するものです。機械学習を用いて行われることが多いようです。先生は、金融テキストマイニングに関する論文をこれまで数多く書かれており、例えば、日銀が2015年12月まで毎月公表していた「金融経済月報」のテキスト情報と相場変動の関連性を分析した論文を過去に発表されております。講演では、金融テキストマイニングの精度と信頼性向上に資する「テキスト情報からの因果関係文の抽出」と「外国語で書かれた金融経済記事を、類似性の高い母国語の記事に対応付ける自動マッピング」という最近の取り組みについて解説頂きました。
 将棋や囲碁でAIがプロ棋士を凌駕したことなどをみると、「AIはあらゆる分野で万能」と考えがちです。しかし、AIは、金融経済分析では決して万能とはいえません。例えば、AIに基づく運用は、価格変動が過去のパターンから逸脱すると、大きく負けます。短期運用には強みを発揮しますが、長期運用を苦手とします。さらに、AIは偽情報や偽データに騙されやすいと、講演では指摘されました。1例として、ツイッターに現れる特定のキーワードに反応して自動売買を行うAIロボットが、偽ニュース中のキーワードに反応し、大量の売り注文を機械的に発注し短時間で相場を急落させる「ツイッター・クラッシュ」が紹介されました。このように、万能ではなく騙されやすいAIですが、AIを強化する手段として、講演では、1.人工市場シミュレーションの有用性、2.AIと経済モデルの融合が挙げられました。
 人工市場シミュレーションとは、資産価格に対する予想と取引戦略を有する複数の機械学習プログラム(市場参加者に相当。エージェントと呼ばれる)を計算機上に用意し、エージェント同士の取引を計算機上の仮想市場(人工市場)で行わせることによって、計算機上で再現される価格などから市場分析を行う方法論です。市場参加者が他者の行動から影響を受け、また、個人の行動が他者に影響を与えるという相互作用の結果、金融市場は多様な様相を呈しますが、人工市場シミュレーションは、市場の様々な挙動を計算機上で再現できる利点があります。講演では、ティックサイズ(注文価格の最小単位)の違いが市場の出来高に与える影響を人工市場シミュレーションにより明らかにする、市場制度の設計に貢献する研究が紹介されました。  機械学習は「訓練データへの過学習が起きやすく、未知データへの当てはまりが悪くなること(汎化性の欠如)」や「結果を得るまでの過程がブラックボックスのため、結果の解釈が難しい」としばしば指摘されます。汎化性を維持しつつ、人間が解釈可能な形で、機械学習を金融経済分析に使えるようにするために考えられた発想が、AI技術と経済モデルの融合です。例えば、資産リターンの予測を行う場合、多数の金融経済変数の時系列を入力とし、先行きの資産のリターンと高い適合性を機械学習によって実現するというメインタスクに加え、経済モデルに基づく経済変数へのフィットをサブタスクとして課すという「マルチタスク学習」という方法が考えられます。このように、経済モデルを組み込んだ形で機械学習を行うことによって、過学習を避けつつ、人間が解釈可能な形で結果を得ることができるというものです。
 和泉先生には、AI技術の有用性と問題点、問題点を乗り越える方法論を分かり易く解説頂きました。人間がAIをうまく使いこなす未来を創るため、AIと諸研究分野で蓄積された専門知を融合するべく、分野の垣根を超えた共同研究が今後ますます活発になっていくことでしょう。AIが研究の世界を大きく変えていく予感を覚える1日となりました。
                                文責・経済学部ファイナンス学科 准教授 菊池健太郎


事務取扱:滋賀大学経済学部附属リスク研究センター事務局
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