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平成29年度第7回 国際経済学先端研究セミナー 20171012

リスク研究センターでは、平成29年10月12日(木)、Jens Wrona氏をお迎えして、国際経済学先端研究セミナーを開催致しました。

  日 時:平成29年10月12日(木)16:10~17:10
  会 場:滋賀大学 彦根キャンパス セミナー室2(士魂商才館3F)※いつもと会場が異なりますのでご注意下さい
  演 題:『Offshoring and Job Polarisation between Firms―オフショアリングと労働の企業間三極化―』
 講  師:Jens Wrona氏(デュッセルドルフ・ハインリッヒ・ハイネ大学 准教授)  

講師紹介

Jens Wrona(イェンス・ヴォーナ)氏は、ドイツのTübingen(テュービンゲン)大学にて経済学の学士・修士・博士を取得され、2014年からドイツのDüsseldorf(デュッセルドルフ)大学で教鞭を取られています。テュービンゲン大学では他のドイツの大学と異なる特色のある教育方針があり、経済学と副専攻として外国語言語を選択します。ヴォーナ氏は学部生の時に日本語を選び、半年間同志社大学に留学しています。専門の研究は国際貿易となります。若手の研究者ですが、既に国際経済分野のトップ学術誌であるJournal of International EconomicsとInternational Economic Reviewに研究論文の掲載が確定している、将来が有望な研究者です。

研究背景

国際貿易の古典的な研究は、各国の労働生産性の違いに着目したDavid Ricardoの「比較生産費説」、(労働や資本の)生産要素の所有量(賦存量)と産業における各生産要素の使用する比率(集約度) に着目したHeckscherとOhlinの「ヘクシャー・オーリン・モデル」があります。この国際貿易分野には、後に二つの大きな革新がもたらされます。最初の理論的な革新は1979~1980年の研究論文による、後にノーベル経済学賞を受賞するPaul Krugmanによる「独占的企業」と「規模の生産性」の導入です。これによって、古典的な理論では説明が困難であった、ドイツとイタリアが相互に同じ産業の製品(例えば、自動車)を輸出する根拠を明確にしました。二つ目の理論的な革新はMarc Melitzが、 (経済学5大トップ学術誌の一つの)Econometricaに2003年に掲載した研究論文で導入した輸出企業間の生産性の違いです。古典的な理論でもKrugmanモデルでも、産業間の生産性の違いは考慮されていたのですが、同産業内の企業間の生産性は同一でした。Melitzモデルでは同産業内の企業間の生産性の違いを明確にモデル化することで、これまで世界各国のデータから判明していた、非輸出企業と輸出企業の生産性の違い、輸出企業間の生産性の違いが存在する理論的な根拠をあきらかにしました。Krugmanモデルでは、輸出企業は同質(homogeneous)であるため、全企業が輸出していたのですが、Melitzモデルでは、輸出企業は異質(heterogenous)であるため、国内市場向けだけの企業と、輸出も行う企業と分かれることを理論的に示すことに成功しました。2003年以降の国際貿易の研究は、まさにMelitzモデルの旋風が起きています。

概要の文面内の図.png

図1: ドイツにおける雇用の変化(1999-2005)

(注)横軸が賃金水準(1999年基準、対数化)、縦軸が雇用の変化率

講演内容

 多くの国際貿易の研究者が競ってMelitzモデルの拡張や応用に試みている中で、今回のヴォーナ氏の研究論文の貢献は、労働者の異質性を明確にモデル化して、各国で観測されている労働市場データが示す特性を説明できていることにあります。その労働市場データの特性とは、OECDの2015年の報告書で示された、世界各国において高賃金の仕事と低賃金の仕事の比率が上昇しているという「job polarization(仕事の二極化)」の現象の事です(図1参照)。この現象が、各国の所得格差を拡大させることに寄与していることが問題であると指摘されています。

 本研究では、労働者の異質性を考慮するために、労働市場で不完全情報・不完全競争が生じている状態を検討しています。この考え方は労働経済学分野に先行研究があり、一つは、就職希望の学生と雇用企業側の間で満足度の高いマッチングを得るために企業研究や採用活動等の費用(サーチコスト)が存在している場合、もう一つは、雇用企業は高い賃金によるインセンティブを提供することで、労働者が高い生産性で働くことを目的とした効率賃金仮説があります。(前者の理論を開拓した3人の研究者は2010年にノーベル経済学賞を受賞しています)ヴォーナ氏はこれらの労働市場モデルを、Melitzモデルに導入することで、輸出企業間の生産性の異質性に加えて、労働者間の賃金の異質性を示しました。

 本論文はこの労働市場のモデル化に加えて、企業の生産工程の一部を海外に委託するオフショアリングを分析の対象としています。オフショアリングには初期投資費用がかかるため、生産性の高い企業はオフショアリングを行いますが、生産性の低い企業はオフショアリングを行うことで収益が悪化するので、オフショアリングは行いません。その結果、中間程度の生産性の企業がギリギリオフショアリングを行うか行わないかの分岐点に立たされます。

  このようなモデルでは、貿易費用が低下した場合に、より多くの企業がオフショアリングに取り組みます。その結果、新たにオフショアリングを始めた中間的な生産性の輸出企業の国内雇用は減少します。そのため、中間的な生産性の企業に雇われていた、中間的な賃金で働いていた労働者は、間接効果によって新たな労働需要が発生している高賃金(高生産性企業)と低賃金(低生産性企業)へと再就職していきます。その結果、OECDが指摘している「job polarization(仕事の二極化)」が生じるのです。

講演後記

今回、ヴォーナ氏を滋賀大学に招聘できたご縁をご紹介します。そもそもは、私が国際学術誌にある共同研究の研究論文を投稿した際に、不採択となったのですが、その学術誌のレフリーがヴォーナ氏の日本のデータを用いている研究論文の存在を指摘しました。一年ほど前のその時にはヴォーナ氏の研究論文(ワーキングペーパー)を軽く目を通した程度でした。 その事を忘れた頃、先月の9月に国際貿易に特化したヨーロッパの国際学会(ETSG, European Trade Study Group Conference)に研究発表に行きました。学会プログラムに見覚えのあるヴォーナ氏の名前が記載されていたので、学会アプリのWhovaを用いてメッセージのやり取りをしました。結局、学会会場のフィレンチェ大学では直接会うことは出来なかったのですが、ヴォーナ氏が共同研究の打ち合わせで京都大学に10月上旬に来ることの連絡を頂きました。その時に分かったのですが、ヴォーナ氏の京都大学の共同研究者は、私の共同研究者(前述した私の共同研究論文に関わった)とも強いつながりのある方でした。この学問の世界では、しばしば口にすることなのですが、「狭い世界でみんなどこかでつながっている」と、再び思う機会になりました。 研究者も仕事や時間に追われる日々には、研究セミナーや学会の参加さえおっくうに感じることがあります。しかし、これまでの研究経験を振り返り、研究交流の小さな出会いの積み重ねが今後の研究成果につながることを思い出し、みんなが一歩前に踏み出す努力をしています。

               (文責 ファイナンス学科教授 吉田裕司)

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     電話0749-27-1404 ・FAX 0749-27-1189