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先端研究セミナー(20260702)

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  • 15:10~16:10 珈琲セッション/16:1017:40 ご講演(90分)/17:4018:40頃 ワインセッション(士魂商才館3Fラウンジにて行います)

講演概要

日本の真珠産業は様々な危機を経験し、そのたびに再生を試みてきた歴史があります。近年ではアコヤガイの「未曾有の大量斃死」に伴う生産規模の激減という危機に取り組んできました。 本講義では、自然環境・生物種・人間の価値観という異なるレベルの「コモンズ(共有資源)」をいかに管理(ガバナンス)していくかを学びます。科学的な知見だけでは社会は変わらない現実を踏まえ、ルールや経済的インセンティブを組み合わせた「複層的なガバナンス」の仕組みと、新たな市場価値を生み出す「変革的ラグジュアリー」という再生の視点から、持続可能な社会システムのあり方を探ります。


講演報告

2026年7月2日に開催された先端研究セミナーでは、マーケティングを専門とする山下裕子・青山学院大学経営学部教授をお招きし、ご講演をいただいた。山下氏は、日本の真珠産業が繰り返してきた危機と再生の歴史を長年にわたり追跡し、自然環境・生物種・人間の価値観という異なるレベルのコモンズをいかにガバナンスするかという問いをテーマとした研究を行っている。講演に先立つコーヒーセッションでは参加者との交流が和やかに行われ、続く講演では、真珠やアコヤ貝などの写真資料を数多く示しながら、産業の歩みが時系列に沿ってたどられた。

 

講演はまず、真珠をめぐる歴史的・文化的背景を広く見渡すところから始まった。新大陸探検やバロックパールの流行など多くの話題が紹介されたが、そのなかでも特に印象的だったのは、種の分類法を確立した植物学者リンネが、自ら真珠養殖にも挑んだ人物だったという逸話である。生物の分類は人間が介在せずとも存在する自然の秩序に思えるが、それすら商業という人間の目的から生み出された概念であった。山下氏自身が研究の出発点で強く惹かれたというこの視点は、生物学とマーケティングの交錯を鮮やかに示すものだった。続いて日本のアコヤ真珠の特質が論じられ、寒冷な気候ゆえに真珠層が細かく巻かれ、虹色の干渉色が生まれる点が、その美しさの核心として紹介された。しかし話が現代に近づくにつれ、真珠の大型化を追う過程でハイブリッド化が進み、遺伝子プールが脆弱化していったことが語られる。これが、1990年代にアコヤ貝を襲った赤変病による「未曾有の大量斃死」の背景にあり、生産量はピーク時から大きく落ち込んだという。

 

後半では、この危機への3つの異なる対応が対比された。国産貝の遺伝子プールを守り病とともに生きる大分県・三重県の道、より強い貝を作るハイブリッド化を進めた愛媛県の道、そして生物の持ち込みを禁じて自生の貝を守る福岡県・相島のサンクチュアリの道である。山下氏はこれをエリノア・オストロムのコモンズ管理論を軸に読み解きつつ、不可逆的で破壊的な変化や偶然性を捉えるためにミシェル・カロンのアクターネットワーク理論をも援用した。地域ごとの経緯が具体的に語られたなかでも特に印象に残ったのは、同じ「病とともに生きる道」を選んだ産地の間でも、赤変病を冬に低温の海域へ移して越冬させる低温管理法の採否が分かれた点である。三重県は真珠研究所のデータと科学的知見に恵まれながらも、入り組んだ湾に7つの組合と1,200を超える生産者がひしめき、誰が貝の輸送を手配するのかで合意に至らず採用を見送った。対照的に大分県は生産者が数十軒と少なく、県全体で単一の漁協に統合されていたためリーダーと水温データが育っており、同じ手法をすみやかに実行できた。ガバナンスの条件の違いが結果を決定的に分けた経緯が、講演の核心をなしていた。

 

とりわけ詳しく語られたのが、3つ目の道である福岡県・相島の事例である。玄界灘の外洋に浮かぶこの島では、2000年に感染していない純国産の天然アコヤガイの群生が偶然発見され、他県産の貝の持ち込みを禁じる条例のもと、ミキモトと九州大学・福岡県の産学官連携による「サンクチュアリ」が築かれた。漁師の離反という危機を経て2007年に事業化され、2012年より製品の出荷が開始された。

 

講演の締めくくりには、再生の視点として「変革的ラグジュアリー」が提示された。これは従来の希少性や顕示的消費ではなく、環境配慮・職人技・サステナビリティへの共感に価値を置く考え方である。外洋の自生種から生まれ地域性・サステナビリティ・最高品質を束ねた「相島パール」は、まさにこの理念を体現する好例として紹介された。

 

質疑応答では、国産ブランディングによる価格転嫁の可能性や生産の不安定性、生産者間の協調の難しさなどをめぐって学生からも踏み込んだ質問が相次ぎ、講演後のワインセッションでも活発な議論が続いた。本セミナーには他大学の研究者を含む63名が参加した。真珠産業という一見特殊な題材を通じて、赤変病が与えた産業の危機に対し異なる対応をとった要因を明らかにし、複層的ガバナンスのあり方を問う山下氏の視座は、持続可能な社会システムを考えるうえで示唆に富み、世代や立場を超えた知的交流に満ちたセミナーとなった。

(文責:経済学部講師 井上 俊克)

講演会の様子
講演会の様子
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講演会の様子
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講演会の様子
講演会の様子
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