- 講演日時:2026年6月11日(木)16:10-17:40
- 表題:人事管理研究から見た「人的資本経営」
- 講師:江夏 幾多郎 先生(神戸大学経済経営研究所 教授)
- 開催様式:対面
- 開催場所:士魂商才館3Fセミナー室Ⅰ
- 15:10~16:10 珈琲セッション/16:10~17:40 ご講演(90分)/17:40~18:40頃 ワインセッション(士魂商才館3Fラウンジにて行います)
講演概要
2020年以降の日本の人事実務の潮流である「人的資本経営」の登場や広まりは,産官主導の動きであり,その理論的支柱とされているものも,人事管理の研究者によって練り上げられたものではない。人事管理研究には一定の蓄積があるが,その視点から「人的資本経営」はどう評価できるのだろうか。また,「本流」であるはずの人事管理研究者がこの潮流を設定・調整できなかったことから,研究者は何を学べるのだろうか。こうした事柄について観察者と当事者双方の視点を織り交ぜながら話題提供したい。
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講演報告
2026年6月11日に開催された先端研究セミナーでは、人事管理を専門とする江夏幾多郎・神戸大学経済経営研究所教授をお招きし、ご講演をいただいた。江夏氏は、評価・処遇における「効率と公正」の両立や、人事管理における実務界と研究界の関心の相違などを長年にわたり研究してこられた。講演に先立つコーヒーセッションでは参加者との交流が和やかに行われ、講演本編でも、学部生の参加が多いことを踏まえて随時質問を受け付けるインタラクティブな進行がなされた。
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講演ではまず、2020年以降の日本の企業人事における潮流である「人的資本経営」が取り上げられた。経済産業省の「人材版伊藤レポート」を契機に広まったこの考え方は、人材を費用(コスト)ではなく投資対象たる資本と捉え、経営戦略と人材戦略の連動やAs Is-To Beギャップの定量把握を、投資家との対話の中で進めるものである。江夏氏は日経新聞記事の共起ネットワーク分析をもとに、この言葉が能力開発・従業員への投資・生産性向上・社会的責任・ガバナンス強化という概ね5つの文脈で論じられてきたことを示しつつ、その多くは30〜40年前からの戦略的人的資源管理(SHRM)研究で既に論じられてきた内容であり、一見「Old wine in New Bottles」にも映ると指摘した。しかし、コーポレートガバナンスの観点から人事を捉え直し、資本市場の力を借りて人事変革を促した点にこそ、人事管理研究者にはなかった独自性があると評価された。
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後半では、人的資本の「見える化」に潜むリスクが論じられた。測ることで対象を活かせる一方で測れないものが視野から消える「測定のジレンマ」、測れるものは他社に模倣されやすく持続的競争優位になりにくい「競争優位のジレンマ」を踏まえ、エンゲージメントスコアの操作のような「数字の暴走」を避けつつ、数字に温度や色を添えて対話することの重要性が説かれた。そのうえで、密室的・集権的・ヒエラルキー的ガバナンスに陥らず、経営層・人事部門・現場の従業員一人一人が当事者意識を持って参加する開放的・分権的・ネットワーク的なガバナンスの必要性が結論として示された。質疑応答では、人本主義経営との異同、人材の流動化と測定サイクルの関係、ジョブ型雇用との親和性、株主は本当に人的資本を重視しているのかなど、学部生・大学院生からも踏み込んだ質問が相次ぎ、講演後のワインセッションでも議論の続きに花が咲いた。
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本セミナーには学内外の研究者、学部生、大学院生を含む70名が参加した。流行の言葉となった「人的資本経営」を丁寧に深掘りし、その本質を研究の蓄積に照らして見極めるという江夏氏の姿勢は、人事に馴染みのない学生にとっても「ブームとどう付き合うか」という普遍的な問いを投げかけるものであり、世代や立場を超えた知的交流に満ちたセミナーとなった。
(文責:経済学部講師 井上 俊克)
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