経済学部

【報告】彦根ゴーストツアー「青い龍の章」を開催しました:3月17、18日

青い龍の章はじまり雨の中を竹生島へ  2012年3月17日(土)18日(日)「彦根ゴーストツアー:青い龍の章」が滋賀大学経済学部および彦根市の協力で挙行されました。これは2011年9月20日経済学部で行われた、島根県立大学教授・小泉八雲記念館顧問小泉凡先生による講演 「城下町で文化資源を生かす!:松江ゴーストツアーと造形美術展の取組から」 の内容に触発され滋賀大学経済学部、彦根市産業部観光振興課、彦根市民が協力して企画、「びわ湖・近江路観光圏」の補助金を得て、成立したツアーの第二弾です。企画の核となるべく「空(くう)の旅人舎」(経済学部真鍋晶子代表)を、 滋賀大学教職員、湖東湖北の文化資源を発掘されている北風冩真舘代表杉原正樹氏などの市民で立ち上げ、五感を最大限に用い、想像力と創造力を駆使して、土地のもつ文化・歴史的資源から得ることのできる 「見えないモノ」を「ゴースト」と位置づけ、それらを感じ取り、未評価の文化を紡ごうとしてきました。今回のツアーは締め切り前に県内外から20名の募集上限に達し、 彦根市、長浜市、多賀町の様々なみなさんの協力により実行されました。

国宝竹生島宝厳寺唐門を見学  17日12時彦根駅集合、彦根港から雨のなか竹生島に渡り、巌金山宝厳寺峰覺雄住職が、本堂(弁才天堂)奥で、島の創造神話を古代の政治動向と結びつけ説明されたことを皮切りに、 聖武天皇への弁才天の夢のお告げと行基による寺の開基、浅井久政や秀吉など竹生島の長い歴史のなかでの重要ポイントを説明、竹生島とは何かを把握させていただきました。 また竹生島に伝わる龍の物語、特に戦勝祈願に訪れた平経正による琵琶の名演奏のために現れた白龍の話(『平家物語』巻七参照)、本尊弁才天について、 起源たるインドの河の神サラスヴァティーとの繋がり他様々な観点でのお話しを、武具を8本の手に持つ力強い姿と、2本の手に琵琶を抱えた優美な姿の二種の弁才天の様々な像や画を前に伺いました。

スミス記念堂にて小泉凡先生による講演  彦根に戻り、16時スミス記念堂で小泉先生による「ハーンと琵琶と怪談」の講演が行われました。松江にも竹生島があること、ハーンが松江城を龍に喩えていたこと、 『骨董』におさめられる龍女の話、ハーンが龍宮城など海上他界観に惹かれていたことなど島、龍、異界とハーンや松江に関わる話で私たちをハーンの世界に誘われました。 平家物語ゆかりの竹生島で琵琶を抱く弁才天の数々に出逢った私たちに、平家と琵琶いう二つのキーワードと深く関わる、「耳なし芳一」(『怪談』)を中心に講演して下さいました。 この話を伝えた「語り部」としての妻セツの働き(『臥遊奇談』のなかの「琵琶秘曲泣幽霊」をへるん言葉でハーンに語り聞かせた)、 作品の周縁性と「周縁」のハーンにとっての重要性、柳田國男も指摘する民話としての特徴、またハーンが血をひくギリシャとアイルランドの神話との共通項といった様々な切り口からの講演で、 ハーン自身が気に入っていた「耳なし芳一」のもつ特性が、小泉先生の視点で次々に露わにされました。さらに、ハーンが音楽好きで、作品の主人公が名演奏家、 しかも異界の力を借りて演奏をするケースが多いことも指摘され、西洋人に理解しづらかった日本の音楽に対してハーンが如何に心を開いていたかということ、 さらには、島根は神楽が盛んであることも紹介されました。
 18時半、花しょうぶ通り「魚浩」にて主人長田修二氏が全ての料理に「龍」を関連づけて作られた独創的な夕食を堪能しました。 その後、同じく花しょうぶ通りの江戸時代の寺子屋、2011年1月の火災後再興された「ひこね街の駅・寺子屋力石」を花しょうぶ通り商店街振興組合顧問中溝雅士氏などの協力により使用させていただき、 講談師旭堂南海師により21時30分まで、竹生島、平家(経正、敦盛など)についての歴史に基づく話を講談という特殊な語りの芸能によって追体験しました。 一日同行された南海師がこの日の経験も盛り込みながら、語られたこともあり、一日の経験をそれぞれの心に刻みこむこととなりました。 (宿泊のサンルート・ホテルのバーでも、Blue DragonやDragon Ladyというカクテルを急遽作っていただけました。)

清凉寺にて坐禅と作務の後ちょっと休憩  18日は朝7時から佐和山の麓にある祥壽山清涼寺において、東方宗明監寺により禅、坐禅についての教えを受けた後、坐禅道場で坐禅を体験、 その後、さらに清涼寺や禅についての話を伺い、質疑応答が交わされました。清涼寺に伝わる七不思議についてなども、曹洞宗を日々生きてられる東方師ならではの論理的で現実の世界に根ざした説明をされ、 生の本質を軽やかに追求されている禅のエッセンスを早朝の寺で学ぶ機会を得ました。前日の峰師と朝一の東方師、お二人の究められて来た異種の論理・世界・場に、 独特の個性を持ったお二方を通して接することで、貴重な学びの場を体験できることとなりました。その後、庭での作務の後、東方師の説明を聞きながら本堂を見学。 清涼寺は井伊家の菩提寺であり、本堂奥で歴代井伊家の位牌に囲まれました。

大洞弁財天では願い込めて護摩焚き  10時、隣の大洞山の大洞弁才天長寿院に移動、また全く異なった世界を山伏姿の岡田建三住職により提供していただきました。 火を赤々と炊きあげられる護摩に続き、彦根城の鬼門除け、近江代々の古城主の霊を弔う藩寺として誕生した寺の歴史を伺い、 また、ここにも様々な弁才天と龍の像・彫り物・絵が寺のここそこに存在しているのですが、その場で弁才天と龍についてのお話しを伺いました。 岡田師はインドの河の神を日本の農耕と結びつけ、さらに弁才天の頭上に乗る日本特有の人頭蛇身の宇賀神と関連づけて話されました。 水を聖なるものと見なす点で共通しつつ、河・水の神話を農耕とも結びつけられた岡田師、河・水を人間個々の心のなかに抱く水・能力と結びつけられた峰氏、 弁才天と共に日々つとめてられるお二人から、異なった観点を提示していただき、参加者それぞれが感じ・考え、自らの「ゴースト」を追求していく源泉を頂きました。 弁才天堂、阿弥陀堂、楼門を経て、最後に経蔵で、日本で8番目に古い輪蔵を実際に回転させて頂きました。この経蔵には井伊直興が百間橋の廃材で作らせた、 手のひらに乗る大きさの1万躰の大黒天のうち現存する千体あまりと、シヴァ神が日本化した姿の戦闘的な等身大の甲冑大黒天という珍しい大黒天に接することができました。

一圓屋敷にて大嶋義実先生によるフルート演奏  12時30分、NPO法人彦根景観フォーラム所有の江戸時代の庄屋の家、一圓屋敷(多賀里の駅)で、中川信子さんを始めとする多賀クラブの方々が作られた多賀の野菜づくしの昼食をいただいた後、 京都市立芸術大学教授大嶋義実先生による、「笛と龍と異界」の講演とフルート演奏が行われました。雅楽において天上界とこの世を結ぶものとして果たす笛(龍笛)の意義を語られ、 またその後生まれた能管が、能の異空間・異界へ誘う特殊な音色を出すよう構造上工夫されていることを説明、それと天に昇る龍という異界のものを結びつけて、 まず、日本における笛と異界の関係について明らかにされました。龍笛は、低音と高音の間を音が縦横無尽に駆け抜ける様が「舞い立ち昇る龍の鳴き声」のようなのでその名をもつようですが、 まさにそのような音色で、福島和夫の「冥」を演奏されました。この曲について作曲者の福島は「弔笛(しのびぶえ)。笛の音は比世と彼世 ふたつ世ながらに響くという。 「冥」くらい。ふかい。遠い。とおざかる。黙して思う。宇宙的意識。」と述べたそうです。さらに西洋においても笛が異界と繋がるものであることをギリシャ神話のオルフェウスの物語 (前日小泉先生も異界から戻る神話として言及)や、中世の星が奏でる天空の至上の音楽など、異界と音楽について語られました。 特に、ギリシャ神話の半獣人のパンがなぜいつも笛を持った姿で描かれるのかという説明(パンが河の妖精シリンクスを愛して追いかけ、それを嫌がる彼女を神が葦に変容させたが、 想いを断ち切れないパンがその葦を折り葦笛として演奏し続けた)をされた上で、ドビュッシーの「シリンクス」を演奏されるなど、 日本と西洋の文化に根付く異界と笛の関係を講演と演奏で参加者の心に浸み渡らせて下さいました。
 笛と異界についての講演と演奏を聞いた後、15時30分彦根城博物館に移り、今回のツアーに合わせて、楽器の常設展に展示下さった、 源義経の「青葉の笛」と伝えられ織田信長も観賞したとされ、竹生島から井伊直亮に献上された龍笛と龍の銘をもつ琵琶を見学することで今回のツアーは締めくくられました。
 今回も2日間ハードスケジュールで、心身ともに飽和状態に達した感がありましたが、五感をもちいて想像力・創造力を研ぎすますと、何かが生まれて来ることを実感し、 自然と文化、そのなかにおける人間の役割や位置について深く考察することのできる2日間は、またとない学びの場となりました。 3寺では特別な場所でお話しを伺うまた貴重な体験をさせていただき、我々の質問に専門的な生きた知識と知恵をもって真摯に答えて下さったことが実にありがたく、 花しょうぶ通り、スミス記念堂のみなさん、多賀クラブのみなさんのお心づくしにも感謝仕切れません。参加者の心のなかで生まれた何かを育んでいくことがお礼になっていくのかと思います。 講師のみなさん、参加された方も含め、関わっていただいた全ての方々、ありがとうございました。
経済学部教授真鍋晶子

空の旅人舎       
彦根ゴーストツアー「黒い烏の章」2011年12月3日・4日