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監査人の特性と会計利益の品質との関係についての実証的研究

会計情報学科 准教授 笠井 直樹
 研究成果の一部について2015年3月23・24日にアメリカ合衆国グアム準州において開催された国際学会International Conference on Business, Economics, and Information Technology 2015にて研究報告を行った。同学会で報告を行った主たる研究内容は以下のとおりである。

 今回の研究では主に,経営者による利益調整行動に対して,監査人が当該行動を認識し監査報酬に反映させているのか否かに関して検証を行った。これまで監査報酬の決定要因に関して検証を行ってきた先行研究においては,主に会計的裁量行動が監査報酬に対してどのような影響を及ぼすのかについて検証が行われてきたが,実体的裁量行動が監査報酬に及ぼす影響に関してはこれまでのところほとんど検証が行われていない。そこで本研究では,主に実体的裁量行動が監査報酬に対して及ぼす影響に焦点をあて,また同時に会計的裁量行動に関しても分析を行った。

 利益調整を行う手法としては,主に会計的裁量行動と実体的裁量行動があるといわれているが,米国においては,近年会計的裁量行動よりも実体的裁量行動を行う傾向にあることが報告されている。また,多くの先行研究では,実体的裁量行動が選択される理由として,会計的裁量行動は比較的容易に発見することが可能であるので,監査人や規制当局の調査を招く可能性が高い点が指摘されている。また,実体的裁量行動は期中において行われるので,期末後に会計的裁量行動を行っただけでは目標利益に届かないことが分かったとしても対処できないことも実体的裁量行動が選好される要因として考えられている。すなわち,会計的裁量行動は,期末後に見積りや会計方針の変更を通じて行われ,会計発生高(accounting accruals)のみに影響を与えるが,実体的裁量行動は期中に何らかの活動を通じて行われ,当期および将来のキャッシュ・フローに直接的な影響を及ぼすものであると想定されているのである。実際,実体的裁量行動が将来の業績に悪影響を及ぼすことも先行研究においてすでに報告されている。

 会計的裁量行動が監査報酬に及ぼす影響は,Gul et al.(2003)において報告されている。当該研究では,経営者の機会主義的動機に基づく会計的裁量行動に対して,監査人は当該企業の固有リスクが高いと判断し,結果として監査報酬が高くなる傾向にあることが示されている。しかしながら,実体的裁量行動に関しては,当該行動が会計的裁量行動に比して発見が困難であり,仮に発見したとしてもそれを指導・是正するのが必ずしも監査人の果たすべき役割であるとはいえないので,監査報酬の決定の際に考慮されない可能性も考えられる。また,大規模な実体的裁量行動は会計的裁量行動にも少なからず影響を及ぼす可能性がある。したがって,大規模な実体的裁量行動と相まって会計的裁量行動も発見するのが困難になる可能性が高くなるので,監査人は実体的裁量行動に対しても監査資源を投入する可能性が考えられるのである。

 本研究では,具体的に,売上操作,裁量的費用の削減および過剰生産にという実体的裁量行動について,先行研究に依拠して推計し,これらの指標が監査報酬に及ぼす影響を検証した。分析の結果,実体的裁量行動の代理変数である異常製造原価と異常営業費用については監査報酬と正の関係にあることが分かった。また,実体的裁量行動を測定する3つの代理変数を統合した指標を用いた分析では,全体として大規模な実体的裁量行動を行っている企業ほど監査報酬が高い傾向にあることが明らかになった。また併せて,会計的裁量行動も同様に監査報酬と正の関係にあることが分かった。こうした分析結果から,全体として監査人は経営者による大規模な実体的裁量行動および会計的裁量行動を認識し,追加的な監査資源を投入している可能性が示唆されたのである。

   以上が主に国際学会で報告した研究内容であるが,これ以外にも現在,監査法人の専門性や監査人との契約年数が税負担削減行動に及ぼす影響についても分析を進めているところである。当該分析に今回の学会報告で扱った研究内容を統合することで,新たな知見を得ることができると予想される。今後はこれらの研究をさらに進展させることに注力したい。
<引用文献>
Gul, F. A., C. J. P. Chen, and J. S. L. Tsui. 2003. Discretionary Accounting Accruals, Managers’ Incentive, and Audit Fees. Contemporary Accounting Research 20 (3): 441-464.
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