経済学部

彦根ゴーストツアー「近江と出雲の章」を開催しました。

2017年3月4日(土)5日(日) 「彦根ゴーストツアー:近江と出雲の章」 が滋賀大学、彦根市および近江トラベル株式会社の協力で行われました。
 彦根ゴーストツアーは、2011年経済学部で行われた、島根県立大学短期大学部教授・小泉八雲記念館館長で小泉八雲曾孫の小泉凡先生による講演 「城下町で文化資源を生かす!:松江ゴーストツアーと造形美術展の取組から」に触発され、産官学民が協力して行っている着地型観光で、今回が15回目となります。 私たちは、企画・運営の核となる 「空の旅人舍」 を北風寫眞舘代表杉原正樹さんと共に立ち上げました。私たちの考える「ゴースト」とは、五感を最大限に用い、想像力と創造力を駆使して、土地のもつ文化・歴史資源から得ることのできる「見えないモノ」のことです。 私たちは、参加者の皆さんと共にこのゴーストを感じ取り、未評価の文化を紡ごうとしています。

イザナギとイザナミをまつる多賀大社  第15回彦根ゴーストツアー「近江と出雲の章」は、「神々の座す近江と出雲を遠望するツアー」をテーマに、東京、大阪、地元滋賀などの11名の参加者とともに、彦根市、多賀町、甲良町、愛荘町、豊郷町の一市四町の近江路を2日にかけて巡りました。ゲストには小泉凡さんと、俳優佐野史郎さん、ギタリスト山本恭司さん、講談師旭堂南海さん、観世流能楽師シテ方吉浪壽晃さんを迎えました。

日本最古の庭のひとつ阿自岐神社の庭園  今回のツアーは、わが国の最古の歴史書『古事記』に「伊邪那岐大神は淡海の多賀にまします」とある多賀町から始まりました。国生みの大業を終えたイザナギが高天原から降臨したと伝わる「杉坂峠の三本杉」をバスの中から仰ぎ見、その後、イザナギが休憩したとされる「調宮神社」を見学しました。ここで多賀まつりには渡御が盛大に行われます。
多賀大社では、1300年以上にわたり毎朝続けられている神事、お供えを先にカラスに食べさせる御烏喰神事(おとぐいししんじ)で使う先食台(せんじきだい)や、神仏習合のなごりの梵鐘、幕末から近代への動乱期の貴重な史料が保管される文庫、江戸時代に奉納され近現代の戦争や災害の炊き出しにも活躍した大釜など、型どおりの参詣では見ることのない多賀大社に伝わる様々なモノを見学しました。

稲葉神社の灯篭の「竹生島文様」  次は、甲良町を通って、豊郷町の阿自岐(あじき)神社へ。ここには、1500年前に造られた、日本最古の庭園のひとつとされる名園があります。百済系渡来人の阿自岐氏が、日本に漢字を伝えた王仁氏に庭園作りを任せたとのことです。1500年前の庭とあって、庭木も巨大です。広い池には数々の石橋がめぐらされ、白鳥や水鳥の泳ぐ姿も美しく、古代豪族の往事の姿を想像しながら、一同、庭を巡りました。

久留美神社の屋根の「竹生島文様」  その後、愛荘町の大隴神社と藤居本家を通り、彦根市の稲葉神社へ。『古事記』に登場する神々は多くの神社で祭神として祭られています。「稲葉」と言えば、最も親しまれている話として「イナバノシロウサギ」があります。オオクニヌシに助けられるウサギの物語の舞台は出雲になっていますが、ウサギが波間を飛び跳ねる「竹生島文様」は、謡曲『竹生島』を起源とするとも言われ、ここ湖東地区ではたいへん多く見られます。さらに、「竹生島文様」の意匠がたくさん見られる久留美神社も見学しました。

「小泉八雲・朗読の夕べin彦根」小泉凡先生と真鍋晶子  彦根高等商業学校(滋賀大学経済学部の前身)の教官だった橋本犀之助が著した『近江と高天原』(1930年)『近江高天原の研究』(1941年)『日本神話と近江』(遺稿)や、近江鉄道発行の『近江鉄道沿線名勝之栞』(1928年)によると、彦根市、多賀町、甲良町、愛荘町、豊郷町の一市四町のあたりが、かつて近江高天原と呼ばれていたこともわかります。
吉田初三郎筆『琵琶湖名所鳥瞰図』(1926年)を片手に、神代や古代に思いをはせながら、雪を頂いた湖西の山々を左に眺めつつ、一同湖岸をバスで彦根まで戻りました。今回のツアーの目玉でもある俳優佐野史郎さんとギタリスト山本恭司さんによる「小泉八雲・朗読の夕べin彦根~望郷:失われることのない永遠の魂の故郷」(以下「朗読の夕べ」)のために、彦根市、佐和山の麓に存在する、井伊家の菩提寺清凉寺に向かったのです。彦根城築城410年祭のために造られたフードカーが試験的にお目見え、「朗読の夕べ」が始まるまでの時間に参加者がゆったり楽しみます。

「小泉八雲・朗読の夕べin彦根」佐野史郎さんと山本恭司さん  「朗読の夕べ」は、彦根商工会議所主催、松江市後援、滋賀大学協力の形で「光とアートで発信するブランディング事業彦根・多賀地域連携組織委員会」により開催されました。小泉祥子さんが総合プロデュース、彦根ゴーストツアーの生みの親小泉凡先生が監修を務め、松江で佐野さん、山本さんと高校時代を共にした錦織伸行さんが舞台監督です。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)作品が、佐野さんの脚本と朗読、山本さんの音楽で特別の世界を編み出す「朗読の夕べ」は、2006年より行われ、毎回「消失」「産土」「稀人」などのテーマごとに展開します。この10年で既に10テーマに基づいた作品が存在。この朗読パフォーマンスを、彦根ゴーストツアーに是非組み入れたいと思ったことが、今日につながりました。
 はじめに、小泉凡先生と真鍋晶子による、ハーン、アイルランド、松江(出雲)、ギリシャ公演などに関するトークがあり、清凉寺講堂を埋めた300人の観客は、ハーンの世界に引き込まれていきました。今回は10のテーマのなかでもベスト版の一つとも言える「望郷」が選ばれました。ギターの幻想的な響きのもと、母らしき人の声を心に抱く語り手が語り始める「夏の日の夢」、そして杵の音が松江の朝に響き渡る「神々の国の首都」により朗読の夕べが始まりました。「若がえりの泉」では悲しみを湛えた滑稽さが聴衆の心をあたため、「日本海に沿って」では強く美しい哀しみがみなの心に満ちあふれます。「望郷」本編終了後、彦根特別版として、近江にちなんだ作品「果心居士の話」が初披露されました。作品の最後、掛け軸に描かれた琵琶湖の水が会場にあふれだし、沖からやってきた舟は果心居士を乗せます。朗読が終わらんとすると、水とともに軸のなかの琵琶湖の遠景に消えていきました。会場にいる誰しもが物語のなかに自然と入っていけるすばらしい公演でした。
 夕食は、彦根市内の「花笑家」で。一同は、今日の日を語りながら夜を楽しみました。

オーミマリン「赤備え船 直政」で竹生島へ  2日目は、琵琶湖に浮かぶ竹生島にわたります。晴天のもと、今年(2017年)就航した赤備えの「直政船」に一同乗り込みました。雪を頂いた比良山系にむかってアイスブルー色の世界を船は進みます。講談師の旭堂南海さんも共に乗船。

秀吉の御座船を利用した作られた船廊下を見学  竹生島に到着後、歩いて島を巡りました。改修中の宝厳寺の国宝・唐門は、秀吉の豊国廟の正門を移築した桃山様式の遺構ですが、ここにいるはずの波兎「竹生島文様」は、解体修理中で見られませんでした。その後、改修中ゆえに骨組みがよくわかる秀吉の御座船を利用して造られた船廊下をとおり、都久夫須麻(つくぶすま)神社へ。ここでは、一同順番に、願いを書いた「かわらけ」を投げ、彦根ゴーストツアーの無事などを祈願しました。

竹生島を離れる  日本三大弁財天の1つである宝厳寺本堂の弁財天堂を見学の後、集合写真を撮り、竹生島をあとにしました。
昼食は、彦根、夢京橋キャッスルロードの「あゆの店きむら」で。夢京橋キャッスルロードは、都市整備事業により、「いぶし銀の瓦」「黒格子」「白壁」で統一して、江戸時代風に町並みを再生した彦根城近くに位置する観光スポットです。この街のにぎわいを導く鮎の専門店で、琵琶湖にちなんだ料理を頂きました。鮎ご飯、鮎の塩焼き、小鮎煮、小鮎の天ぷら、シジミの味噌汁。シジミといえば宍道湖、ハーンをもてなした味でもあったでしょう。
旭堂南海師の講談「井伊直政」を聴く  昼食のあとは、彦根ゴーストツアーのおなじみ、旭堂南海さんによる講談です。NHK大河ドラマで放映中の「おんな城主直虎」に育てられた「井伊直政」をテーマに、南海さんが史実を入れた独自の創作物語に仕上げ、今回も涙と笑いであふれる話を一同堪能し、心が温かくなりました。
 また、ここ彦根(近江)と松江(出雲)の共通点といえば忘れてはならない茶の文化があります。松平不昧公と井伊直弼。彦根藩の茶といえば、井伊直亮と直弼が育てた「湖東焼」の茶器が有名です。食事のあとは、「湖東焼」の名品を所蔵する「たねや美濠美術館」に鑑賞に行きました。杉岡茂郎学芸員により、絵付師の幸斎や鳴鳳による赤絵金彩、色絵、染付などの作品の紹介がありました。

大洞弁財天で吉浪壽晃師による能の講義  旅の最後は、大洞弁財天へ。岡田健三住職による寺の説明を聞き、場所の意義を知った上で、能楽師の吉浪壽晃師による講演をうかがい、さらに謡と舞を味わいました。今回の旅のキーワードであった「竹生島文様」は師による「緑樹影沈んで 魚木に登る景色あり 月海上に浮かんでは 兎の波を奔るか 面白の島の景色や」という謡曲『竹生島』の謡と後シテ龍神の躍動感に満ちた力強い舞で完結したように思えました。短い時間で能楽の本質と、『竹生島』のポイントについての講義を聴講、さらに、参加者も声を出して謡を体験と、彦根ゴーストツアーならでは楽しみながら生きた学びを体験できました。本堂に続く長い石段のなかほどの山門には当然のように波と兎の「竹生島文様」の欄間が見られました。
 今回のゴーストツアーでは、神々の座す近江と出雲を遠望するツアーとして、琵琶湖をめぐる湖東地域の美しさをあらためて感じることができました。それとともに、俳優佐野史郎さん、ギタリスト山本恭司さん、講談師旭堂南海さん、能楽師吉浪壽晃さんによる多様な語りを体験し、それぞれの世界を極める人たちの底力を感じました。これらの方々とツアーのお客様を介して出会え、幸せな2日間を過ごせたことを感謝します。ゲストのみなさま、彦根商工会議所、近江トラベル、彦根市観光企画課、受け入れてくださった社寺に店々、そしてツアーに参加して下さったみなさま、どうもありがとうございました。



経済学部教授 真鍋晶子
経済経営研究所 江竜美子