経済学部

彦根ゴーストツアー「井伊直弼の章」を開催しました。

 2016年3月19日(土)20日(日)  「彦根ゴーストツアー:井伊直弼の章」 が滋賀大学経済学部、彦根市産業部観光企画課および近江トラベル株式会社の協力で行われました。 「彦根ゴーストツアー」は、小泉凡島根県立大学短期大学部教授・小泉八雲記念館顧問による、2011年9月20日経済学部講演会「城下町で文化資源を生かす!:松江ゴーストツアーと造形美術展の取組から」に触発され、 同年12月、経済学部教授真鍋晶子(代表)、経済経営研究所江竜美子、湖東湖北の文化資源を発掘する北風冩真舘代表杉原正樹さんの3人が、 彦根でもゴーストツアーをと くう の旅人舎」 を立ち上げたことに端を発したものです。以来、産官学民が協力する着地型観光「彦根ゴーストツアー」は着実に回を重ね、今回で13回目となりました。

 私たちは五感を最大限に用い、想像力と創造力を駆使して、土地のもつ文化・歴史資源から得ることのできる「見えないモノ」を「ゴースト」と位置づけ、それを感じ取り、未評価の文化を紡ごうとしています。
 今回は「井伊直弼」をテーマに、直弼の幼少の庭、青春の庭など、早春の彦根を井伊直弼の面影をたずねて巡りました。プレスの方を含み東京、大阪などから10名の参加者があり、小泉凡先生、上方講談師の旭堂南海さん、筑前琵琶奏者の片山旭星さんとともに、2日間を楽しみました。

清凉寺の紅梅の下で琵琶演奏を聴く  3月19日(土)13時、JR 彦根駅東口に集合、バスで佐和山のふもとの清凉寺に赴きました。ここは青年期の直弼が参禅に通った寺です。坐禅堂で村瀬行寛僧侶から井伊直弼や禅に関わるお話を伺ったあと、坐禅を体験しました。そして、満開の紅梅の下で、梅にふさわしい菅原道真について琵琶曲「菅公」を、片山旭星さんが演奏され、琵琶と低く深い片山さんの声が境内に響き渡りました。彦根駅からほんの10分の場所でありながら、日常とはかけ離れた世界に一気に入り込むツアーの皮切りとなりました。

金亀公園にある井伊直弼の銅像  その後、彦根城内に入り、「彦根藩御好屋形船」で内堀をのんびり周遊しました。この船は直弼など彦根藩の藩主が、領内の視察や大名や公家の接待に使った船を、当時の絵図や幕末の古写真から復元したものです。彦根城の土塁にはタンポポが咲き、白鳥が船のすぐ横を行き来していました。お堀のなかを低くたゆとう炬燵船から見る風景は、ほんの少しの視点の違いなのに、いつもとは全く違う世界を目の前に繰り広げました。

旭堂南海さんの講談「井伊直弼」  下船後は、金亀公園に直弼の銅像を見、家老木俣屋敷や直弼が青春期を過ごした埋木舎、また、直弼の辞世の句碑を通り過ぎ、ゆったり城内を歩き、それぞれに直弼に思いをはせました。いろは松でバスに乗りこみ、『彦根藩士族の歳時記』を参考に、一つ目小僧、白い馬の首、河太郎といった市内の妖怪出没地を巡りました。これらの妖怪の出没地は、滋賀大学経済学部の琵琶湖側であることが、天保7年『御城下惣絵図』からわかります。日々見過ごしているけれど、どこにでも特別な何かはあるものなのです。

直弼のレシピを再現  その後、彦根市内の料亭「伊勢幾」へ。旭堂南海さんによる講談「井伊直弼」を堪能ました。南海さんは、直弼をおおらかで茶や和歌や長唄を愛し、学問好きで、まじめでありながら、女性にももてた人物と描かれました。そのような直弼の一面が、南海さんの話術の巧みさによって、生き生きと目の前に現れて、参加者はぐいぐいと南海~直弼ワールドに引き込まれ、深く楽しく理解できました。夕食は、直弼自筆によるレシピを再現した会席料理でした。「伊勢幾」のご主人により試行錯誤のうえ生まれた現代のメニューは、美しい蒔絵や湖東焼の器で、より一層引き立ちました。

直弼が育った庭「楽々園」  2日目は、直弼の生まれた槻御殿(楽々園・玄宮園)へ。ここでは、谷口徹元彦根市文化財部長・元彦根城世界遺産登録推進室長より説明を聞きました。多くの兄がいたため、彦根藩の世子(跡継ぎ)として育てられなかった直弼は、両親の庇護のもと、幼少期・少年期を母親とこの御殿で過ごしためずらしい藩主であるとのこと。書院へ参加者は入ることを許可され、襖の落書きも拝見。少年直弼が眺めていた庭、楽々園や玄宮園を散策しました。昨日の講談で直弼の生涯を学んでいたため、谷口先生のお話が復習のように、参加者の心にすり込まれました。

一圓屋敷において小泉凡先生の講演  さらに、下屋敷(別荘)であったお浜御殿へ移動しました。豊かな自然を味わえるここでも谷口先生により、琵琶湖の水を利用した汐入形式の池などの説明をして頂きました。
 その後、バスで多賀町の「多賀里の駅一圓屋敷」へ。この屋敷は、直弼が領内の視察を行ったときに立ち寄った庄屋と伝っています。現在はNPO法人彦根景観フォーラムが所有し、多賀クラブが農家レストランを営業しています。ここでは、旬の野菜やユキノシタ、ツバキ、フキノトウなど春の野草を使った料理をおいしく頂きました。
 ランチのあとは、小泉凡先生に「わが家の霊鳥・霊獣たち-小泉家に起こった不思議なお話-」と題して講演をして頂きました。曽祖父の小泉八雲が移り住んだ屋敷から現在のお屋敷、また、小泉家の人々は、猫や鳥や「ゴースト」に守られてきました。先生の近著『怪談四代記 八雲のいたずら』にも詳しく書かれています。資料や写真をもとにお話いただき、子供の頃に感じたような不思議でわくわくどきどきする感覚が参加者の心によみがえりました。単なる小泉家の4代の体験記ではなく、民俗学者としての小泉先生の視点で切り込まれた鋭さが、知的興奮を掻き立ててくれました。また、小泉先生が幼少期を過ごされた世田谷には井伊家の菩提寺豪徳寺があり、井伊直弼の墓の紹介もされました。谷口先生に、豪徳寺の墓に葬られたとされていた直弼の体がなかったことが近年の調査で判明したことをうかがったばかりで、直弼についての知識が総合的に繋がっていく学びの過程を体験しました。

直弼が駕籠に敷いていた座布団  午後、バスで天寧寺へ。ここは、直弼はじめ歴代藩主が心を癒やし、井伊家の人々が私的な時間を過ごせる寺でした。そのようなこともあり、「桜田門外の変」の遺品である衣や土が、事件直後にこの寺に運ばれ、現在も直弼の供養塔の下に埋められています。事件のとき、直弼が駕籠に敷いていた座布団を特別に見せて頂き、山路信乗住職夫人に説明をうかがいました。大きな座布団の虎皮の一部が欠損していることに、「モノ」が語る歴史を感じました。この書院からは、直弼の眺めていた石州流庭園が拝見できます。佐和山東麓の自然の岩肌を利用し、石像十六羅漢が配置されています。井伊家の人々がつのる思いを吐露するのを見てきた五百羅漢、長野主膳義時の墓、村山たかの碑なども私たちに語りかけてきます。その後、本堂に移動し、片山旭星さんが「桜田門外の変」を迫力のある琵琶と声で演奏され、直弼を筋に導かれた2日も終わりが近づきます。本堂から一望できる彦根城下、彦根城、琵琶湖、直弼も見ていた景色だったのでしょう。

 今回も2日間、ゴースト「井伊直弼」に導かれて歩き周りました。五感をもちいて想像力・創造力を研ぎすますと、何かに出逢える、何かが生まれて来るということを実感できました。ゲストのみなさん、参加されたみなさん、関わっていただいた全ての方々、ありがとうございました。


経済学部教授 真鍋晶子
経済経営研究所 江竜美子