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20200123地域金融・地方創生講演会を開催いたしました

リスク研究センターでは、ルートエフ株式会社より大庫直樹 氏を招聘し、地域金融・地方創生講演会を開催いたします。今回、招聘講師の講演に併せて、本学教員によるジョイントセミナーも同時開催いたしました。


日時:令和2年1月23日(木)15:30-17:30(15:00開場)

表題:「人口が減少する地域市場での金融機関経営の選択肢~十八・親和銀行の経営統合を踏まえて」 20200123ポスター.pdf

講師:大庫 直樹 氏 (ルートエフ株式会社・ルートエフデータム株式会社代表取締役)ご経歴 著書紹介

場所:滋賀大学大津サテライトプラザ 会議室(大)

【講演概要】

1月23日、滋賀大学・大津サテライトキャンパスにおいて、地域金融・地方創生講演会を開催致しました。講師にルートエフ株式会社・代表取締役の大庫直樹氏をお招きし、人口減少社会における地域金融市場のあり方をテーマにご講演頂きました。講演で示された大庫氏の分析は、データと真摯に向き合い、検証を丁寧に積み重ねていくことで問題の本質に迫っていく印象的なものでした。以下では、講演内容の概要をご紹介致します。

 講演では、まず、長崎県の十八銀行と親和銀行の経営統合問題を巡る分析が紹介されました。同問題は、経営統合の意向を2016年2月に示した両行に対し、合併行の県内シェアが過大になり公正な競争が阻害される可能性を、公正取引委員会が問題視したものです[1]。しかし、大庫氏は、幾つかのデータを示し、両行の合併は独占的な状況を生むものではないと主張します。例えば、長崎県内の14市町(長崎県内の市町数は合計21)、県内人口の9割を占めるエリアには、十八・親和銀行の店舗だけでなく、両行以外の銀行の店舗が存在します。このことは、両行の合併によって、合併行以外の金融機関にアクセスしにくくなる企業や人がわずかなことを意味します。また、長崎県内の企業の借入銀行数は、1つの銀行のみからの借り入れ(1行取引)が5割を占めます。さらには、十八・親和銀行の双方から借り入れを行っている2行取引の企業は全体の3~4%しか存在しません。したがって、両行の合併によって、複数の金融機関と取引している企業が1行取引となって困る事態は限られていることが分かりました。

 次に、人口減少が銀行収益にもたらす影響に関する考察が紹介されました。地域銀行の事業の柱は、依然、貸出業務にあります。貸出に伴う収益は、貸出額×利鞘-営業経費によって計算されます(以下では、貸出額×利鞘を「貸出収支」と呼ぶことにします)。実は、収益に影響を与える、貸出額、利鞘、営業経費とも、地域の生産年齢人口と一定の関係を持つことがデータから確認できます。この関係を踏まえると、日本の様々な地域で今後予想される生産年齢人口の減少は、貸出需要の減少と利鞘の低下を通じて、貸出収支の低下をもたらします。営業経費については人口増加とともに増えますが、規模の経済性が働くため、増え方は徐々に減っていく関係があります。生産年齢人口がゼロに近づけば、貸出収支はゼロに近づきますが、営業経費は固定費に近づくため、人口減少が続くといずれ営業経費が貸出収支を上回り、銀行収益がマイナスに転じ事業継続が不可能になるのです。

 以上の考察に基づき、大庫氏は、2つの銀行が競争環境にある場合と、2つの銀行が合併した独占的な環境にある場合について、人口減少と銀行収益の関係の比較を行いました。2つの環境の違いは、営業経費の生産年齢人口に対する変化率に現れます。銀行合併は規模の経済性が働くため、営業経費の生産年齢人口に対する変化率は、独占的な環境より競争環境の方が大きくなります。これは、生産年齢人口の減少に伴い、競争環境の方が独占的な環境と比べて早く事業継続不能状態(貸出収支が営業経費を下回る)に陥ることを意味します。すなわち「人口減少社会では、独占的な環境は成立するが、競争環境が成立しない状況が生じうる」のです。

 さらに、大庫氏は、①地域銀行の事業モデルは県内で閉じているとする、②各県はシェア65%と35%の2つの銀行が存在する競争環境にあるとする、③銀行の収益に手数料ビジネスからの収益と信用コストを加味する、など幾つかの仮定を置いた上で、各都道府県における銀行収益を試算しました[2]。試算結果は、各都道府県を「競争可能地域」「競争不能地域」「事業継続不能地域」のいずれかに色分けする形で示され、「競争不能地域」や「事業継続不能地域」が存在することが明らかになりました。

人口減少がもたらす以上の状況に対処するため、大庫氏は考えうる対応として、以下の3つの選択肢を提案しました。

現状の貸出金利の設定がコスト対比で低すぎる可能性があるので、銀行は、貸出金利の引き上げを志向すること

県を単位とする事業モデルを想定するのではなく、県を超えた広域市場での事業モデルを想定し、広域市場で競争法を適用すること

競争が成立しない地域に無理に競争法を適用することはせず、顧客と事業者の公平な関係を維持できる法的枠組みを新たに構築すること

 上の2番目の提言に関して付言しておきます。隣接する「事業継続不能」な2つの県を1つの地域として捉えて同様の試算をすると、「競争可能地域」に転じる場合があるようです。県という枠組みにとらわれない政策デザインが有効となりうることを実感させられました。

 本講演会には21名の参加がありました。「人口減少が進むと競争が成り立たない地域市場が出現する」という講演でなされたメッセージは、地域金融だけではなく様々な産業で直面する可能性がある、地域経済にとって重要な問題提起です。多くの参加者にとって有意義な講演であったと思われます。

最後になりましたが、講演を快くお引き受け頂きました大庫様、講演会の参加者の皆様、本講演会の広報にご協力頂きました関係者の皆様に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

文責・経済学部ファイナンス学科・准教授 菊池健太郎


[1] 2018年8月、公正取引委員会は、貸出債権の他行への譲渡などを条件に、両行の統合を承認しました。
[2] 試算の詳細に興味のある方は、大庫氏のご著書「経済が競争ではない時代(中央公論新社)」を参照されたい。

講演会の様子
講演会の様子
講演会の様子
講演会の様子

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