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先端研究セミナー(20240606)

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セミナー概要

 地球温暖化に大きな注目が集まる一方、生物多様性の保全にはあまり光があたっていない。しかし、食糧生産から空気などの物質循環まで、人間社会が生物多様性から受ける恵みは多岐にわたっている。「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)」と呼ばれる国際的な研究者の集まりの団体が、生物多様性の価値が明らかにすることで、生態系の重要性を主張してきた。とくに、近年では、生物多様性の経済的な価値評価だけでなく、人間社会が自然との間に築く多様な価値や関係性を明らかにする動きが活発になってきている。本セミナーでは、このような国際的な生動きを明らかにすることで、最新の生物多様性・生態系保全政策の一端を紹介する。


セミナー報告

 本セミナーでは、東京大学大学院新領域創成科学研究科・サステイナブル社会デザインセンターの石原広恵准教授を招き、『生態系サービスから「自然から人間社会が受ける恵み」へ』と題し、最新の生物多様性や生態系保全政策に関して報告された。

  まず生物多様性の喪失の問題について、地球温暖化と対比しながら説明された。生物多様性の喪失の問題は地球温暖化に比べて取り上げられていない一方、生物多様性は長年減少が続いており、現在も生物の4種に1種は絶滅危惧に瀕するなど、危機的状況にあることが報告された。また、こうした状況を受け、生物多様性の保全に向けて政策提言を行う世界的な政府間組織(IPBES)が立ち上げられ、2021年のCOP15では国際的な目標として「ネイチャー・ポジティブ(生物多様性の損失に歯止めにかけ、プラスの状態を目指すこと)」が提言されたことが紹介された。

  次に、生物多様性の概念やその価値評価の重要性について説明された。生物多様性には、生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性の3つのレベルが存在するとし、以下では特に「生態系の多様性」に焦点を当てて報告された。生態系システムについては、どの機能を保全・強化するかによって他の機能が喪失する場合(トレードオフ)も、強化される場合(シナジー)もあるため、その価値評価を行うことが重要である旨説明された。

  続いて、生態系サービスの概念の歴史的な変遷について説明された。1970年代、ストック・フローモデルに基づき、生態系サービスは生態系(自然資本)から生み出される便益と概念付けられ、その機能や重要性が明らかにされたが、政策への反映には至らなかった。

 このため、生態系サービスの金銭的評価の必要性に対する機運が高まり、1990年代に入り、特定の生態系機能を代替するために必要なコストから評価する「代替コスト法」や、特定の生態系サービスに対する支払意思額から評価する「仮想評価法」、特定の生態系を観光するために必要な費用から評価する「トラベルコスト法」など、生態系サービスを金銭的に評価する様々な手法が考案された。

 更に、2000年代に入り、生態系を保全し生態系サービスを提供する者に対し、消費者がインセンティブを付与する「生態系サービス支払い」が行われるようになった。従来の環境政策とは異なる市場を通じたアプローチにより、保全コストの最適化が図られた。

 しかしながら、2010年代に入ると、本来政策決定者に生態系の重要性を訴えるためのツールであった金銭的評価が、かえって生態系の「商品化」をもたらすなど、金銭的評価に対する批判が高まった。また、生態系サービスの一要素である「文化的サービス」の定義が曖昧であり、「文化」の定義付けさえできていないなど、「文化的サービス」の概念に対する批判が高まった。そもそも「文化」とは人々の世界を意味づけるものであり、文化によって「自然」の定義や「自然」との関係は異なるにもかかわらず、従来の生態系サービス評価ではストック・フローモデルという一つの認識枠組みで様々な文化を無理に評価してきた側面がある。このため、生態系サービスについて、「生態系から人間社会が受け取る恵み」へと概念を発展させ、新たな認識枠組みに基づく評価の可能性を模索している旨説明された。

 最後に、IPBESの評価報告書(2022年)において、自然の価値の多様性を無視して狭い範囲の価値で評価してきたことの反省を踏まえ、人と自然との多様な関係を捕捉できるような自然価値の類型の定義付けがなされた旨紹介された。そして、多様な価値評価の重要性を訴えつつ、それ故に複雑化する問題に対する政策決定者や一般の人々の理解を得ることが課題である旨投げかけられ、報告を締めくくった。

  講演後の質疑応答では、特に学生から多くの質問が寄せられた。ネイチャー・ポジティブをどのように達成するのか、なぜ生態系サービス支払いに任意の取引が要件化されているのか、市場を通じたアプローチでなぜ解決できないのか、生態系サービス評価をなぜ人の基準で行うのか、生物が多様であることの価値とは何か、グローバルの視点でどのように対応できるのか、生態系による人類へのマイナスの影響についてどのように評価されるのかなど、本質的な質問が幅広くなされ、講演者との間で活発な議論が繰り広げられた。また、ある学生から、本セミナーを通じ生態系サービスから得られる便益の重要性を再認識し、対価を支払う必要性について前向きなコメントがあるなど、本セミナーが学生をはじめ聴講者にとって非常に有意義であったことを印象付ける光景であった。

  セミナーでは、教職員、学生、外部の方を含め、対面で45名、オンラインで15名、合計60名が参加する非常に盛況な会となった。特に、本年度は「学生が気軽に参加できる先端研究セミナー」をコンセプトとして開催しているため、学生の参加者が多いことも印象的であった。また、初回に引き続き、セミナー前後に講演者と聴講者が気軽に交流できる場として設けたコーヒーセッション及びワインセッションでは、講演者の周囲を学生や教職員で囲みつつ、和やかな雰囲気の中、講演者の研究領域や講演内容等について参加者同士で自由に語り合うなど、一層の交流が深められた。

  全体を通して、セミナーにおける講演者の石原広恵准教授による明快かつ示唆に富む講演内容、質疑応答での活発な議論、そして参加者間の活発な交流が印象的であった。生物多様性の喪失という課題の解決に向けて、従来の枠組みに囚われず、多様な視点に基づく評価の重要性を考えさせられるセミナーであった。

(文責:滋賀大学経済学部 特別招聘准教授 室 徳圭)

--講演の風景--

講演会の様子
講演会の様子
講演会の様子
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講演会の様子
講演会の様子
講演会の様子
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