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先端研究セミナー(20230622)

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・日時:2023年6月22日(木)16:10-17:40

・表題:自然災害リスクと金融・保険リテラシー

・講師:家森信善 先生(神戸大学経済経営研究所 教授)

・開催様式:対面

・開催場所:士魂商才館3Fセミナー室1


講演概要

現在、報告の主要部分は、家森信善・上山仁恵「自然災害リスクへの対応と金融・保険リテラシー」損害保険研究85(3)99-128202311月で公刊されている。報告は対面で行われ、12名が参加して、活発な議論が展開された。

一般に、リテラシーに関する議論は、自分の経験に基づき様々に可能であるから、いわば、それぞれの一家言がぶつかり合って、それが議論を混乱させる原因になることが少なくない。この場合、現実をデータで確認しそれを論者の間で共有することが公論形成の出発点でなされるべき作業になる。本報告の基本的な意義はそこにあると言えよう。上記の論文は明晰に記述されているので、具体的なデータに興味のある方は、直接、公刊論文を手に取られるのが良いと思う。

セミナー後、報告者の家森信善氏、滋賀大学の吉田裕司・井手一郎の3名で歓談した。以下では、その歓談の席での井手の発言を中心に、本報告を踏まえた制度化等の課題を記したい。 

1.「保険教育の充実の重要性」は本報告の主要な主張の一つであるが、学習時間等の資源制約の下で、保険教育の充実のために、別の何をカットするのかと問えば、公衆の同意を得ることはなかなか容易ではないであろう。できるだけ機会費用を小さく抑えて、保険教育の充実を目指すには、どのような手段があるであろうか。 

例えば、家計簿と家計簿をつける習慣は、家計を合理的なものにするための、日々の実践に基づく優れた社会的装置であった。今日では、紙に手で書く昔の家計簿よりも、取引履歴から電子的に自動生成される家計記録の方が計算等の面で望ましいであろう。金融商品についても、電子的な取引履歴から、システムが定期的に個人のリスク特性についての診断書を自動作成し、個人の相対評価を生成する仕組みを考えることができる。(この時、プライバシーの保護の視点からは、取引情報をプラットフォーム企業や政府が管理するのではなく、各個人が自分で管理できる仕組みを確立することが求められ、この点が一部の先行する国々の事例との著しい対照を成す。)世界の千を超える金融商品を個人が一覧し、そこから最適ポートフォリオを自分で選択するのではなく、システムが個人のリスク特性を取引履歴から診断して、それに基づいて最適なポートフォリオを推奨するという手順が想定できる。つまり、人に助言を求めるのではなく、まずは、システムが自動的に診断・推奨し、システムが把握していない個人情報や懸念事項等について、必要があれば、本人が助言者に打診するのである。自身のリスク特性に関する診断書を通じて、定期的に反省する機会を持つことは、生涯にわたる金融・保険リテラシーの充実のために有効であると思う。 (なお、子供には、ボードゲームやその電子版を通じて、リスクに関する自己認識に注意を向けさせることができるかもしれない。また、大学教育では、「ミクロ経済学A」や「リスクの経済学入門」の講義内容の中に、金融・保険リテラシーをどのように取り入れるのかを問うのが、具体的な教材の開発への近道かもしれない。)

2.地震による火災の類焼や、倒壊した家屋が道をふさぎ救援活動の妨げになることなど、自然災害への個人の対応には平明な外部性が認められる。従って、公共政策の視点から、例えば、外部性を考慮して耐震基準に関する規制を一層、強化するなどの対応が、まず、頭に浮かぶ。しかし、かつて齊藤誠が論じたように、(齊藤誠「企業と社会をとりもつリスクマネジメント」書斎の窓、20084‐20093月)営利企業の行動を通じて、結果的に、頑強な家が建つ制度的条件を工夫することが重要である。(上記の連載の冒頭で、彼はノンリコースローンとして住宅ローンが提供される場合、貸し手の金融機関は担保としての住宅を自身の手で売却してローンを回収することになる可能性があるため、設計の段階から家の質を高く保つことにコミットする誘因があるとした。言うまでもなく、ノンリコースローンには短所もあり、総合的な評価が必要である。)また、土地のリスクを地価体系が反映すると、結果として、貧しい人々がリスキーな場所に住むことになりそうであるが、同時に、経済的な理由から保険料を負担できず、無保険のままにとどまる状況が出現するかもしれない。民間保険の圏域を見据え、公共政策の更なる進化が期待される。

3.過去10年ほどの間に、学部の卒業生が金融機関に就職してすぐ退職する例を少なからず目にした。ハイリスクの金融商品を「グダグダ言わず、老人に売ってこい」というような上司からの営業圧力に嫌気がさして退職に至る場合が見られた。背景には、ゼロ以下の金利に固執する政策当局の下、地域金融機関の預貸利鞘の圧縮があり、他方で、通販のプラットフォーム企業が取引履歴に基づいて最初の貸付けを機械的に実行する強力なライバルとして登場する脅威や、金融取引の電子化とともに、地域性に根差した従来の秩序が無効になる懸念等の大きな環境の変化があった。一部の金融機関の営業姿勢には、自身が長年蓄積してきた顧客との信頼関係を自ら掘り崩す一面があったように思う。地震保険・火災保険は、老人の安全志向や財産を子孫に残したいという志向に合う点で、売りやすい商品であるように見える。しかし、最終的に重要なのは保険料・保険金の合理性であろう。ハザードマップを精緻なものに更新しながら、それに連動した保険料の提示等を通じて、会社ごとの保険料を一覧できる環境を作り、人ではなくシステムとして、保険加入者が保険料の合理性に納得できる条件を整備することが望まれる。金融技術の発展が、保険市場における情報の非対称性を削減するなら、各契約の根拠データを開示し、一覧性を高め、競争を徹底していくことで、保険会社のX-非効率性を正し、例えば、正当な保険金の支払いを渋るような保険会社を淘汰していくことができよう。

文責 滋賀大学経済学部准教授 井手一郎


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