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第5回先端研究セミナー(20210121)

・日時:2021年1月21日(木)16:10~17:40

・表題:中小企業のライフサイクルと中小企業政策

・講師:安田武彦 先生(東洋大学経済学部経済学科 教授)

・開催場所:オンライン開催


概 要

戦後の日本の中小企業政策は、終戦から今日まで四半世紀の歴史を有しています。

その時どきの中小企業政策は、日本経済の発展段階や国際的にみた日本経済の地位に対応したものであるとともに、内外の企業や産業についての実証研究の成果とも深く関わりのあるものでした。

昨年は、中小企業政策の根幹ともいわれる中小企業基本法の大改正(2000年)から20年目の節目でした。これを機に今回のセミナーでは、中小企業基本法の抜本的改正を中心に日本の中小企業政策の変遷と経済分析の成果の連関について追うとともに、今後の日本の中小企業の直面する問題と中小企業研究が明らかにするべき課題等について皆様と一緒に考えていきたいと思います。


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 ワークショップは遠隔形式で,44ページの資料を用いて行われ,90分のワークショップの予定時間を30分超過して活発な質疑が続けられた.

 講演の主題は1930年代から2010年代までの我が国の中小企業政策史であり,政策の背後にある中小企業観の変遷を確認しつつ,かつて中小企業庁にて中小企業白書の取りまとめを含む調査研究の経験が豊かであった講演者ならではの示唆に富むお話しであった.

一般に,現実の政策決定は様々な外生変数の変化に左右され,政策史はそもそも合理性や一貫性を見出しにくい領域の一つのように筆者には思われるが,安田氏は計量分析の手法で関連データを解析し政策効果の検証等を行い,また,学術的研究を参照して政策の理論的根拠を確認するなど,通例の政策史年表の縷説を質的に凌駕する明晰な議論を展開した.全体として,方法的に一貫した分析的政策史の提示が筆者にとっては最も印象的であった.

 筆者の理解の範囲で講演・質疑の一部を要約すると,高度成長期には,大企業に対する中小企業の生産性の低さ等が問題視され,中小企業の生産性を高め,生産性格差を是正するという建前で,企業規模を大きくすること(すなわち,脱中小企業)が政策として志向されたが,安定成長期以降,一方で,成長しなくても困ることなく地域に存在し続け,地域社会を支える中小企業の独自の個性や価値が肯定的に再評価され,他方で,グローバル企業へと成長する可能性のある存在の苗床として中小企業群の潜在力が注目されている.また,近年では,副業や非正規雇用,ユーチューバーなどの新たな職業や働き方のスタイルの登場が,中小企業の概念的輪郭を刷新している.

 特に,2000年代,創業時の流動性制約を緩和する意図で,創業融資や優遇的な税制等,経済面からの創業支援が試みられたが,データ的には顕著な政策効果は見いだせなかった.その原因を探索すると,開業率の低さは,創業意欲はあるが経済的制約により起業できないためだったのではなく,そもそも創業意欲が乏しいことの結果だったと考えられる.我が国の起業活動率の低さ,起業無関係者(身近に起業経験者等がいない人)の比率の高さは顕著である.この点から,創業支援には経済面からだけではなく,文化・社会の面からも接近すべきであるという当座の結論が得られる.

 最後の論点は教育にかかわるため,本学にとっても重要である.いつかは独立して自分の会社や店を持つという希望がリアルなものであり続ける社会を維持し,起業が大学生にとっての将来の選択肢の一つとして当たり前になる状況を作るために,大学には何ができるだろうか.この点にかかわる質疑を踏まえ,私見を追加して筆者の言葉で記すと,以下のようになる.

 意欲や意志の錬成は,大学入学前の,高等教育以前の課題であるとする慎重な見方もあるだろうが,一定の限界があることを認めた上で大学にできることを考えると,まず,直接的な対応策として,起業した卒業生と学部生が接する機会を設け,起業無関係者を減らしていくことが考えられる.(この案は質疑の中で陵水会の方から発話されたことを筆者はうれしく思った.)その前提として,起業家志向の学部生に向けて起業にかかわる経済経営法律系の知識の簡潔なパッケージを教える授業を設けることも必要であろう.次に,中長期的には,複数の学館(教育研究機能を備えた学寮)を学際的に編成し,学館を母胎にして学生文化の中に起業の試みを根付かせていくことを筆者は推したい.さらに,コンサルタントを兼ねる中小企業関連の士業等,起業した人とともに歩む,周囲の制度基盤を支えるプロフェッショナルを増やしていくことも重要である.特に,滋賀県の場合,県内に法学部がなく,法律の専門知識を持つ人が少ない状況に本学がどのように対応できるかが,当面の注目点の一つかもしれない.       

(文責 ファイナンス学科 准教授 井手一郎)