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リスク研究セミナー

・日時:2022年6月28日(火)12:50-14:20

・表題: Do Pensions have Real Teeth? Evidence from the State Government Borrowing Costs

・関連論文はこちら

・講師: Ting Zhang 先生(Professor of Finance, University of Dayton)

・開催場所:滋賀大学彦根キャンパス 士魂商才館3F セミナー室Ⅱ

・開催様式:対面とオンラインの併催

・講演言語:英語 


セミナー報告

 去る6月28日(火)、米国Dayton大学大学院ファイナンス修士プログラム長を務められているTing Zhang先生を講師にお招きし、リスク研究セミナーを開催しました。先生のご専門は、コーポレート・ファイナンス、コーポレート・ガバナンス、年金分析、新興市場の実証分析などで、Journal of Financial and Quantitative Analysis, Journal of Banking and Finance, Journal of Corporate Financeといった有力国際誌に多くの論文を公表されております。今回のセミナーでは、米国の地方公務員年金の運用リスクと州政府の資金調達コストの関係を実証的に明らかにした論文の内容をご報告頂きました。

 米国の企業年金は、確定給付型(Defined Benefit; DB)から確定拠出型(Defined Contributions; DC)への移行が進んでおりますが、地方公務員年金はDB型が主流となっております。米国の地方公務員年金の多くは、積立不足が深刻な問題となっております。地方公務員年金の積立不足は、スポンサーである州政府に追加的な掛金拠出の負担を強いることになり、州政府の財政を圧迫することになります。本研究では、地方公務員年金の運用資産のリスク(リスク性資産への投資比率で評価)が大きい州ほど、州政府による拠出負担が将来増す可能性があるため、その分のリスクに見合う利回りを地方債の投資家が要求しているのではないかという仮説を実証的に検証しております。

 まず、州政府が発行した地方債のイールド・スプレッド(地方債と米国債の利回りの差)を被説明変数、年金のファンディングレシオ(年金の運用資産額を年金債務額で除したもの)、年金の運用リスク(年金の運用資産に占めるリスク性資産の割合)、地方債の格付け、幾つかの制御変数(地方債の残存年数、発行額など)を説明変数として回帰分析を行いました。その結果、ファンディングレシオは有意にはならなかった一方、運用リスクは有意に正に推定されました。格付けも有意となりましたが(低格付けほどイールド・スプレッド大)、格付けの変動以上に年金の運用リスクの影響が大きいことが示唆される結果を得ました。

 上記の分析により「年金の運用リスクが大きくなると地方債のイールド・スプレッドが大きくなる」と早計に決めつけることはできません。州政府の財政状況が悪い場合、政府がその状況を少しでも改善することをもくろみ、年金運用においてリスクをとってリターンを稼得する動きにでる「逆向きの因果関係」が成り立っている可能性があるからです。アクチュアリーコンサルティング会社(以下、アクチュアリー会社)は、年金の運用資産や年金債務の評価を行い、年金の財政状況や運用資産にガバナンスを効かせる存在です。アクチュアリー会社は、州政府にとって都合の良いように評価するような圧力を政府から受けるおそれがありますが、評判の高いアクチュアリー会社ほどそのような圧力には屈せず、ガバナンスを効かせてコンサルティングを行っていると考えられます。また、アクチュアリー会社の本社がある都市と監査対象となる州の州都の間に直接便がある場合、コンサルティングを頻繁に行うことが可能となり、ガバナンス維持につながるとも考えられます。すなわち、①年金のコンサルティングを担うアクチュアリー会社の評判を表す指標と②直行便の有無は、年金の運用リスクやファンディングレシオに影響を与える一方、地方債のイールド・スプレッドには影響を与えない変数と解釈されます。したがって、本研究では、これらの変数を操作変数とする2段階最小二乗法(2SLS)により推定を行いました。その結果、年金の運用リスクは正に有意である一方、ファンディングレシオは有意ではないことが分かりました。「年金の運用リスクが大きくなると地方債のイールド・スプレッドが大きくなる」ことが確かめられました。

 米国の州の中には、地方公務員年金のタイプをDB型からDC型(もしくはハイブリッド型)へ移行している州も存在します。追加分析として、移行している州か否かを表すダミー変数を加えた回帰分析を行いました。その結果、①運用リスクが正に有意に推定され、②年金のタイプの移行の有無と運用リスクの交差項が負に有意に推定されました。②は、年金のタイプ移行が、高運用リスクでもイールド・スプレッドの低下方向に作用することを意味します。

 以上のように、本研究は、「地方公務員年金の運用リスクが高まることが地方債の資金調達コストを高める」という結果を得ましたが、基本的な手法を適用しながらも米国地方債のイールド・スプレッドの決定要因を鮮明にした内容に感銘を受けました。

 セミナーには、学部生、大学院生にもご参加頂きました。各自得るところが多かったのではないかと思われます。「経済経営研究所のセミナーに参加することは敷居が高い」と感じられている学生の方も多いかと思います。しかし、実際参加してみると、想像よりはるかにわかりやすい場合が多いと思います。扱うテーマも普段の授業とは異なり、意外に身近なテーマであったりもします。このセミナー報告を読まれた学生の皆さん、研究所のセミナーに一度参加されてみてはいかがでしょうか。

 最後になりましたが、この場を借りてZhang先生の分かりやすいご報告に感謝申し上げます。当日は、35度を超える酷暑日となりました。後日、Zhang先生より「日本の気候は想定外だったが、滋賀大での講演だけでなく彦根を楽しむことができました」とのメールを頂戴しました。

(文責:経済学部ファイナンス学科 准教授 菊池健太郎)

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