経済学部・大学院経済学研究科

TOP研究と社会連携経済学部研究情報陵水学術後援会学術調査・研究助成による研究成果陵水学術後援会学術調査・研究助成による研究成果R5 ≫ 監査人の交替と監査報酬

監査人の交替と監査報酬

准教授 笠井  直樹

 本研究の目的は,わが国において監査人の交替が監査報酬に及ぼす影響について実証研究を行うことである。監査報酬は監査先企業と監査人との間の交渉により個々に決定されるため,監査契約プロセスにおいて監査人の交渉力が弱い場合,監査報酬の値引きが行われている可能性が従来より指摘されている。財務諸表監査制度が社会制度として成立し得る根拠の一つとして,監査人の独立性(特に監査判断上の独立性)が保たれていることが求められている。しかしながら,監査報酬の値引きが行われる場合,監査判断上の独立性を保持できているのかについては疑念が残る。そこで,本研究では,財務諸表監査制度の根幹にかかわる監査報酬の決定問題にアプローチするため,わが国における監査報酬の値引き行動の実態について,主に公表データを利用し検証を行う。
 監査報酬の値引きを検証するためには,監査事務所の交替時における報酬額のデータを用いる必要があるが,研究成果の大半を占めているアメリカを対象とした先行研究では,同国国内において監査人交替時の報酬額が正確に開示されていないため,分析で用いる際に交替後の事務所の報酬を正確に測定するようデータの調整をする必要性が直近の研究で指摘されている。
 また,日本国内では,報酬の値引きを直接的に検証した研究自体が限られているため,特に直近での実態が不明であり,監査報酬・監査事務所関連データについては国内では膨大な蓄積があるにもかかわらず,包括的な分析が行われていないのが現状である。
 さらに,国内データに注目する利点として,国内では実際に監査業務を担当している監査担当パートナーレベルのデータが従前より開示されており,監査人の交替について,実際に現場で担当している監査担当者レベルでの交替が行われているのか否かについて確認できる。先行研究では,単に事務所レベルでの交替が行われたことのみを調査しているが,実際のところ,事務所の交替があった場合であっても,担当メンバーが単に移籍した場合もこうしたケースには含まれてしまうため,値引きといった事務所間の競争の結果生じる報酬への影響は発生しないと考えられる。国内データを利用することで,これまでの先行研究では明らかにできなかった担当者レベルの交替の実態を検証することができる。
 こうした研究背景をふまえたうえで,本年度はまず各企業の財務諸表監査を担当する監査事務所名および監査担当パートナー名を市販のデータ・ベースから入手し,監査事務所および担当パートナーの交替の有無をデータ・ベース化する作業を行った。担当パートナーの交替の有無を確認するために一部手作業による操作が必要であったため,包括的なデータ・ベースの構築はまだ完了していないが,パイロット調査として利用可能な一部のデータを用い分析を実施した。
 分析の結果,これまで国内の先行研究で一部提示されていた監査報酬の値引き行動については確認できなかった。当該分析結果は,先行研究では監査担当パートナーレベルのデータを考慮していないため,実質的な交替の実態を捉えられていない可能性を示唆している。また,大手事務所から準大手あるいは中小規模事務所への交替といった交替に伴う値引きが行われている可能性が高いケースにおいても値引き行動の存在を明確には確認できなかった。限られたデータに基づいた分析ではあるが,これまでの先行研究とは異なる結果を発見した。
 今回の研究プロジェクトでは,現状で利用できるデータの制約もありパイロット調査の実施にとどまったが,今後データ・ベースの拡充を進めることで,より包括的な分析を実施する予定である。今後の科研費申請も含め他の研究助成でも引き続き関連プロジェクトを継続し,データ・ベースの構築を含む環境整備を進め,研究成果の公表も行なっていく予定である。

結果発表

1.結果発表の時期 2024年4月~2025年3月
2.結果発表の方法 2024年度中にワーキング・ペーパー,学術雑誌等において公表する予定。


研究成果一覧のページに戻る