経済学部

TOP研究と社会連携経済学部研究情報滋賀大学経済学部学術後援基金助成による研究成果滋賀大学経済学部学術後援基金助成による研究成果H24 ≫ 労働におけるストレス、ハラスメント、自殺、過労死―労働環境リスクの国際比較

労働におけるストレス、ハラスメント、自殺、過労死―労働環境リスクの国際比較

社会システム学科 教授 大和田 敢太
 研究課題「労働におけるストレス、ハラスメント、自殺、過労死―労働環境リスクの国際比較」について、ロイク・ルルージュ氏(ボルドー第4大学・CNRS比較労働法社会保障法研究センター研究員)を招いて、シンポジウムと調査・意見交流を実施した。

 ロイク・ルルージュ氏は、労働の「心理・社会的リスク」研究の専門家であり、2012年春、カナダでの研究に引き続き、2012年7月から3ヶ月の予定で、日本の実情と制度の研究のため、来日していた。この機会を利用して、フランステレコム社の自殺問題(33人の従業員の自殺により、経営責任を問う事件、「集団的モラル・ハラスメント」として注目)など、フランスにおけるハラスメント、自殺、過労死問題の現状についての報告と、国際比較から見た日本の問題についてコメントを依頼し、日本側との意見交換を行うため、シンポジウムを企画した。シンポジウムは、8月4日午後1時―5時に、大阪弁護士会館(大阪市北区西天満)において実施し、その前後にも、意見交流や実態調査を行った。シンポジウムは、職場のモラル・ハラスメントをなくす会(AAWMH)と大阪過労死問題連絡会との協力を得たので、弁護士、過労死被害者の会など市民団体メンバー、労働組合関係者、マスコミ関係者、研究者、学生様々な分野の関係者が参加し、意見交換の場となった。

 シンポジウムでは、フランスの制度の概要が説明され、日本、フランス、カナダの比較の視点から、日本における過重労働や法的規制の不十分さが浮き彫りになったが、その要点を以下に紹介しておくことにする(「職場のモラル・ハラスメントをなくす会」ニュースレターVol.11(2012年12月号)掲載の講演録より)。

 フランスの社会保障制度は、1890年のビスマルク法と1942年のビバレッジ報告書にまでその起源をさかのぼることができるが、基本は1945年の全国抵抗評議会決議であり、“差別無く、単一の社会制度で網羅し、全国民のための社会保障”という原則が打ち立てられた。社会保障の対象に労働災害と職業病も含まれている点が非常に重要である。

 職業病は社会保障法典のリストで規定され、職場で問題があり被害者が職業病のリストに含まれる病気に罹患したと認定された場合、使用者はそれに対して責任を負い損害賠償を支払うことになる。しかし、職業病のリストに精神疾患は含まれておらず、精神疾患が職業病と認定されるためには、もう一つのルートである職業病認定地方委員会CRRMPでの判断を求めなければならない。CRRMPでは、被害者側が様々な証明をおこなう必要があり、特に、“業務と病気について直接的かつ不可欠の因果関係”や“就労不能な状況にあること”などの証明には非常な困難を伴う。

 フランスではもともと、使用者は健康と安全に対して非常に厳格な責任を有するとされており、さらにEU基本指令(1989年)によって労働者の安全と健康の改善を促す基準を導入し、安全衛生法(1991年)によって(あらゆるリスクの)予防義務が使用者に求められることになった。そして、2002年の社会近代化法で、身体的健康だけでなく「精神的健康」も明確に規定し、モラル・ハラスメントや精神障害に対する使用者の法的責任を義務化した。

 一方、実際には法律が規定するモラル・ハラスメントの枠組みを超えるものもあるため、身体的な健康と同様に精神的な健康を保護する義務を使用者側に強化する役割は判例法が担っている。例えば、職場での安全衛生を補償する義務を強化する判例として下記が挙げられる。

1)2002年判決。労働リスクを予防する何らかの措置を講じていたとしても使用者の責任義務は免除できない。加害者に罰則を課したとしてしても、使用者が責任義務を免除されることはない。
2)2009年判決。(悪意がなかったとしても)反復的行動を伴う経営の手法が特定の個人に重点的におこなわれたとき、モラル・ハラスメントとする。

 このように、悪意の無い場合もモラル・ハラスメントとして踏み込んだ解釈がなされているが、モラル・ハラスメントだけではなく、全てのメンタルヘルスに関わる義務も盛り込んでいく必要があるだろう。

 使用者が責任逃れをすることは多々ある。しかし、例えば家族が病気の診断書などを集めたりして不十分ながらでも提出すると、裁判所はそれまでの経験から、使用者が責任逃れできないように踏み込むことが多い。健康と安全を守る義務を使用者に徹底していることが非常に重要である。

 フランスやヨーロッパ、カナダでは、過重労働が認められると、産業医が診断書を書いたりして労働者を職場から引き離す。最近、労働条件の悪化に伴って、産業医が診断書で労働者をそれ以上働かせないということが増えており、二度と同じ会社には戻さないというような内容を書く場合もある。また、過重労働の危険がある労働者についての調査を同僚などが使用者へ進言する制度もあり、法的機関が調査を強制することも可能である。過重労働がもとで過労自殺とか過労死に至る日本の状況は驚くべきものである。日本の文化的背景も関係するのかもしれない。フランスを参考にすると、メンタルヘルスに影響を及ぼすもののリストを明確にし、法律が不十分な場合は個々の判例を重ねていくことなどが重要であろう。

研究成果一覧のページに戻る