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自動車産業の現場から見たフランスの雇用問題・雇用政策に関する訪問調査

経済学科 教授 荒井壽夫
 今回のルノー・フラン工場労働組合CGTに対する訪問調査によって実現された質疑応答の概要とその研究上の意義は、次のとおりである。
 第一に、2010年1月に発覚したルノーの小型車クリオの次期車種のトルコへの生産移転に関する現状と問題点についてである。
 労働組合の説明によれば、サルコジ大統領とゴーン会長のトップ会談で確認されたことは、2009年2月の「自動車協定」に従い、フラン工場の雇用を維持するために、次期のクリオ4の生産はフランでも部分的に共有されること、2012年から最初の電気自動車ゾエとそのバッテリーの生産を確保すること、そのため3億6千万ユーロの国家支援と「産業戦略委員会」設置を実現することである。  経営陣のこの間の生産国外移転政策に対して労働組合としては、雇用の維持とそのためのフランス国内の生産の再配分さらには欧州レベルでの再配分を求めつつ、具体的にフランス国内では、各工場2車種の生産を要求していること、フランの場合には今後、クリオ4とゾエ、そのバッテリーの並行生産の約束の遵守そのために必要な職業訓練の実施を要求しているとの説明が行われた。
 ここでは、リーマン・ショック以降の労働組合の雇用・購買力維持の要求と国家の自動車産業への公的介入を前提として、ルノーによる国家の融資獲得による電気自動車等の高付加価値製品の開発投入の実現とその代償としての雇用維持というこの国の自動車産業をめぐる社会政策の独自の表現、すなわち今後の展開の不明確さは残しているものの、労使妥協および国家・企業間の公的介入と代償の実現というプロセスが観察されるように思われる。
 第二に、2010年初頭から全フランスで実現されている中高年労働者の雇用延長措置のルノーにおける具体化である「生涯にわたる職業行程のダイナミックスに関する協定」(2009年12月9日付)に関する評価についてである。
 説明によれば、協定は、離職5年前に「訓練貯蓄口座」(CEF)を「個人的時間資本」(CTI)に移動させることができること、仕事の苦痛と労働編成に関する労使討議の場を設定すること、離職3年前に2割の報酬加算をもってパートタイムに移行することができること、等の前進的内容を備えているが、他方で、この間の人件費抑制のもとでの作業テンポ増大・ムダ排除・職務拡大等により生産部門従業員の肉体的負荷は膨大である(事実、フラン工場では約2割の労働者が体調不良を訴えている)以上、決定的に必要なことは、希望に応じて50歳または55歳で早期退職することを可能にする措置であり、協定はそれを欠いている点において欠陥を持っている。また労働組合CGTとしては、これに関して、企業内への「職業紹介所」の設置、労働編成の改革とりわけ作業部署変更容易化とエルゴノミー実施、勤続による技能資格と職務遂行能力の向上承認を要求してきたが、充足されていないがゆえに署名していないとの説明であった。
 この問題は周知のとおり、2010年の10月末に成立したフランスの年金改革の有機的一環であり、中高年者への雇用機会提供と年金財政節約の両立という点で、いわゆる「アクティベーション」というこの間のヨーロッパとフランスにおける新しい社会政策の枠組みに含まれると思われるが、上記の説明は、フランスにおいて生産労働における肉体的負荷の抜本的軽減化と中高年者にとっての働きやすい職場環境の整備の不十分さを示唆しているように思われる。
 第三に、ルノーにおける「危機の社会契約」(2009年3月27日付)によって定められた「操業短縮休業」と職業訓練の関係についてである。
 説明によれば、この「契約」に定められている操業短縮休業中の従業員の職業訓練については、実質的に実施されていないのであり、フラン工場について言えば、賃金総額に対する訓練費の比率が2008年の3.66%から2009年の3.55%に減少し、訓練を受けた従業員も3376人から2365人に減少している。注目すべきは、経営陣がこの間、経済危機のもとで、国家の支援を受けて操業短縮休業を実施しながら、他方でフランについて言えば、600人の派遣労働者を契約終了していることであり、要するに、人件費の削減と雇用のフレキシビリティを追及していることである。労働組合CGTが要求しているのは、正規従業員の訓練充実による技能資格付与と職務遂行能力向上の実現ととともに、派遣労働者等の非正規従業員の企業内外の教育訓練充実による安定的雇用確保とそして職業行程に沿った労働契約の維持であり、いわゆる「職業的社会保障」の実現であることが強調された。
 この問題は、サルコジ政権のもとでの雇用政策がフランス型の「フレキシキュリティ」(労働市場のフレキシビリティ+職業行程のセキュリティ)および「職 業的社会保障」(職業行程の生涯的セキュリティ)の追及として語られてきたことと関連しているが、企業の現場では、この間の操業短縮休業は雇用のセキュリ ティ施策として評価されているものの、全体としては、前者と後者が雇用のフレ キシビリティ追及と訓練充実による安定的雇用実現・職業行程セキュリティ追及 との対抗的関係にあることを上記説明は示唆しているように思われる。
 総じて、自動車産業の現場から見たフランスの雇用問題・雇用政策に関する今回の訪問調査を通じて、現場の雇用問題と企業の雇用施策が当然ながら、国家の雇用政策ないし社会政策を前提にしつつ展開されており、現場の問題解決のためには、この間の国家レベルの「フレキシキュリティ」あるいは「職業的社会保障」という新たな政策展開の内容と動向の把握が不可欠であることが明確になったのであり、研究視点と研究領域の拡張のための手がかりを得ることができたと思われる。

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