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「職場のいじめ」学会出席と「職場のいじめ」規制法制の調査

社会システム学科 教授 大和田敢太
 厚生労働省が公表している「民事上の個別労働紛争相談件数」(2009年度)では、「いじめ・嫌がらせ」件数は、全体の12.7%を占めており、深刻な実態が公表されている。厚生労働省の「職場におけるメンタルヘルス対策検討会報告書」(2010年9月7日)が「自殺の危機経路」について「職場のいじめ→うつ病→自殺」と指摘し、自殺問題の背景に職場のいじめ問題が伏在していることに注目している。このような状況を背景として、職場のいじめに対する法的規制については、裁判例による損害賠償責任認容や労災認定といった動向とともに、男女雇用機会均等法によるセクシャルハラスメントの規制、労働契約法による安全配慮義務の立法規定化、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」改訂、地方自治体レベル(小野市)での(企業も対象とする)「いじめ防止条例」制定などの意義を踏まえて、「職場でのモラルハラスメント」規制のための立法制定が今後の課題となっている。しかし、理念、定義、立法形式、規制方法等の基本問題について未だ解明されていない課題が多い。そのため、今後必要となってくる「職場のモラルハラスメント(職場のいじめ・パワーハラスメント)」規制と救済の立法制定のための前提として、基本的課題を明確にする必要がある。国際的には、特にヨーロッパ諸国では、職場のモラルハラスメント(職場のいじめ・パワーハラスメント)を防止・規制するための法律が整備され、総合的な対策が実施されようとしている。そのため、実態調査と先例モデルの調査研究を実施し、立法制度の先例的モデルであるEU諸国における立法的規制の運用と効果の調査研究によって、基本的な制度設計の枠組みを明らかにすることにした。そこでは、「モラルハラスメント」概念の定義とその概念を用いることの有効性を明らかにし、<立法形式・位置づけ>、<規制・救済・制裁>(手段・方法、当事者)の実情を分析し、立法制度の構想にあたっての基本的条件を確認する必要がある。
 EU諸国における立法的規制の動向についての調査研究の結果から、(1)定義と位置づけ、(3)定義、(4)対象、(5)規制手段と救済方法について、比較法的な視点から分類することとした。(2)規制型式、試論的類型化モデルについては、(1)労働安全規制モデル、(2)安全配慮義務(労働契約)モデル、(3) 特別立法モデル、(4)刑事立法モデルに分類されるが、各規制方法と(1)定義と位置づけについての型式、(1)労働環境・ 職場ストレス型、(2)ハラスメント(モッビング、ブリイング)型、(3)モラル(精神・メンタル)ハラスメント型、(4)職場内暴力型、(5)セクシャルハラスメント・性差別型、(6)平等原則・差別型、(7)人格権・人間の尊厳型、(8)リスク管理型との相互関係について、一定の傾向的な特徴を仮説的に分析する作業を進めている。その上で、(1)民事的救済・抑止については、予防・防止・禁止の義務、告発保護制度、救済(解決)制度のあり方、(2)刑事的救済・抑止については、 一般法あるいは特別法による規制の是非、(3)行政的救済・救済については、行政機関の役割、労災認定の役割についての分析が重要であることが明らかになっている。
 カーデイフ大学で開催された第7回職場のいじめ国際学会(IAWBH)においては、30カ国から、研究者と実務家約230名が参加し、広範な視点からの課題設定と問題解決のためのアプローチが明らかにされた。研究者の分野は、労働法、刑法、労使関係論、労働経済論、社会学、臨床心理学、産業心理学、医学など広範であり、実務家は、医師、臨床心理士、弁護士、労働組合員、相談専門員、企業研修員、民間ボランテイア、ジャーナリストなどであり、多様な立場と視点から各国における実態と規制のあり方、救済の課題等について、熱心な討論が行われた。2年前の前回学会(モントリオール)では、臨床心理学のアプローチからする研究報告が主流であったものが、今回の学会で組織されたスタディグループには、リスク管理や法的問題が扱われ、LAW分科会が設けられたこと自体が、この問題に対するアプローチと関心の国際的な動向が立法的規制に移っていることを物語っている。法的な規制の存在を前提として、その実効性を高めるための制度と運用について関心が集まっていたことは、日本の現状からみると、次元の異なる議論にならざるをえないところであった。さらに、調停や仲裁についてのアプローチによる調査報告が特徴的であった。私は、市民団体である「職場のモラルハラスメントをなくす会(AAWMH)」と協力し、ポスタープレゼンテーションを行い、各国からの学会参加者に説明したが、民間団体の手弁当による相談活動とその相談内容について関心を持たれ、質疑を交わした。
 今年度の調査研究の成果の一部については、論文「労働環境リスクとモラルハラスメント規制の動向と課題」(彦根論叢第387号、2011年3月)に発表し、(一)メンタルヘルス問題の動向、(二)「モラルハラスメント」の実態、(三)判例の動向、(四)立法的規制のあり方と動向、(五)展望の各問題について論じた。

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