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職場のハラスメント研究国際学会における調査研究

社会システム学科 教授 大和田 敢太
 職場のハラスメント研究国際学会は、1990年代以降のEU諸国における労働条件と生活条件に関する実態調査(ECWS)と研究の蓄積を背景に、心理学、社会学、医学、法学などの多様な学問分野間の情報交換と理論的深化にとってきわめて重要な役割を果たしていることから、その学問的成果を踏まえて、日本におけるハラスメント研究に益する重要な方向性と理論的指針を教訓として継承することが可能である。特に、日本では、定義上の混迷状態から抜け出すことができないまま、行政的施策が先行したことによって、ハラスメント研究の方向性を見失っていることが、国際的な調査研究の理論的水準からも明らかになっている。このような現状認識を前提として、EUにおける研究動向を把握することとなった。特に、ECWSの成果として学ぶべき点のうち、ハラスメント研究における実態調査の役割と意義について指摘することができる。それは、職場の暴力・ハラスメントの組織的要因と構造的性格を実証的に明らかにしたことに最も重要な寄与を認めることができる。つまり、職場における暴力は、個人の性格に関連する諸要因よりも、組織の問題に関する諸要因から起因すると認められている。労働の急速な変化や増大する強度そして職業的将来展望の不安定性は、労働者のストレス症状に影響を与え、職場における暴力やハラスメントを発生させやすい環境を生み出すことがあるからである。さらに、企業の大規模な規模での再編成やリストラのような組織的変化が職場の暴力に対して及ぼす影響は重大である。企業再編成はモラルハラスメントを直接的に促し、あるいは労働負荷の増大、職業的不安定のような様々なストレス要因を介してモラルハラスメントに間接的に影響を及ぼしうるのである。組織的変化と職場での暴力の間の関係を経験的な方法で定義することが試みられてきたからである。これらの行動は、対象とされた人への被害だけでなく、職場における集団的な精神的環境と組織全体の経済的成果に損害を与えることになる。
 適切な対応例の周知とともに予防的な行動の評価と追跡が、もう一つの重要な目標である。実施された予防と救済の措置の事後的な評価が、効果的な措置やその有効性を決定するのに役立つであろう。
 しかし、肉体的暴力あるいは精神的暴力あるいは差別の被害にあった多くの人は、その後、離職することがあり、そのために、これらの人々は、「雇用に就業している人」を対象とした人口集団の中に含まれていないことに留意する必要がある。多くの国の調査は、長期的な疾病の原因としてメンタルヘルス問題の増大を指摘しているが、それは、退職として労働市場の早期退出の主たる原因となっている。
 これらの結果は、個人、職場および共同体全体への長期的な影響を避けるために、職場における暴力問題を考察し、防止手段を見いだすことが不可欠であることを示している。こうしたEUレベルでの研究成果も踏まえて、各国における研究においても、職場の暴力やハラスメントの構造的性格についてのチャート図が提示されている。
 こうした背景から、職場における安全、衛生および健康の保護に関するEC諮問委員会は、「職場における暴力に関する見解」において、精神的暴力という現象の増大傾向に注目し、「肉体的暴力は、肉体だけでなく、精神的にも、直接的あるいは後遺症的な影響を及ぼしうる」と認めたのであった。その後、平等原則を実現するためのEUレベルでの取組の中で、「反差別」共同体指針において、差別事由の一つとして、職場における人種ハラスメントとセクシャルハラスメントを位置づけた。これらのEU指針において採用された個人の尊厳への侵害としての人種差別・性差別(平等原則)という「ハラスメント」定義は、国内立法の理念や規制方法に影響を与えることになった。労働における健康と安全についての2007-12年共同体戦略(COM(2007)62)が、「新たな危険要因(セクシャルハラスメントとモラルハラスメントを含む労働における暴力)の登場」を強調している。 精神的暴力の規模拡大や深刻化がもたらす問題に対応するためのEUレベルでの取組に並行して、多くのヨーロッパ諸国は、新しい立法を導入しあるいは立法制度の中に新しい規定を挿入してきた。労働協約や行為準則といった非法令的な手段を選択した国もある。公共機関や政府によるモラルハラスメントの承認の増加には様々な理由により説明されているが、多くの研究が、モラルハラスメントは、労働者の健康や福祉に有害な影響を及ぼす相当な深刻な社会的問題であることを明らかにしたことが重要な役割を果たしたのであった。
 各種統計によれば、労働における健康問題の影響の増大は、肉体的要因よりもむしろ精神的および社会心理的な原因に帰せられることも明らかになっている。他方、判決においては、モラルハラスメントを様々な労働環境に影響する職業的リスクとして承認する立場もみられる。
 こうした傾向を背景として、EU各国におけるモラルハラスメント規制については、ドイツ・イタリアのように一般法に委ねている国もあるが、ベルギーやフランスのように特別立法を制定したり、また、多くの国が特別条項を導入している。


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