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詩人としてのアーネスト・ヘミングウェイ研究

社会システム学科 教授 真鍋 晶子
 アメリカを代表する小説家アーネスト・ヘミングウェイが生涯を通して詩を書き続けていたことは、あまり知られておらず、研究者もこれまでほぼ扱ってこなかった。彼の全作品、関係する人物、場所、事項などを網羅した『ヘミングウェイ大事典』(勉誠出版、2012年7月出版)において、私はその90編あまりの全詩の解説を担当したのだが、執筆する過程で、詩人ヘミングウェイの資質の高さに驚かされ、世に知らしめる意義を実感した。
その一端を発表するために、2012年6月17日から23日、アメリカ、ミシガン州ペトスキーで開かれたHemingway Societyの国際学会(“Hemingway Up In Michigan,” 15th Biennial International Hemingway Society Conference)に出席し、“Hemingway’s Poetry??Images from Michigan to Japan”の研究発表を行った。ヘミングウェイの詩についての発表は珍しいこともあり、会場には聴衆が満ち、発表後もさまざまな質問や意見が出て、ヘミングウェイ研究に少しは貢献できたと思われる。また、この反応を今後の研究に生かしていくつもりである。私は「俳句」をひとつの核におき、日本の文学/文化とヘミングウェイの詩という観点で発表をまとめたのだが、その後、次回の国際学会である2014年ヴェニスでの大会において、「ヘミングウェイと日本の美学」のタイトルのシンポジムを開くので、アメリカ、スペインの研究者とともにパネリストの一人にならないかとの申し出があり、承諾した。このように世界第一線で活躍する研究者と交換し、今後の研究を深めることの出来る機会となった。また、アメリカの研究者と交換している間に、日本ヘミングウェイ協会の研究誌である『ヘミングウェイ研究』へのアメリカ第一線の研究者の論文投稿の機会を開くことにもなり(2013年6月発行の次号に投稿予定)、日米の研究交流にも寄与できた。
 ヘミングウェイが生まれたのはシカゴ郊外オークパークで、青少年期そこを中心に過ごしたのだが、学会会場ペトスキー周辺は、生後数ヶ月の夏に両親に連れられて来て以来、21歳でパリに旅立つまで、第一次世界大戦従軍中をのぞいて、毎夏を過ごしていた重要な場所である。学会の間に、ワルーン湖ほとりにある彼の家族が所有していたSummer Cottage を現在の所有者である甥の案内で訪問、彼が結婚直後に過ごしたホートン・ベイのCottageでの詩の朗読会に参加、また、学会の後1日はミシガンのUpper PeninsulaをSeneyまで訪れるOptional Tourに参加するなど、彼の作品の背景となる実際の足跡を追った。学会前一日はオークパークで生家、博物館、図書館などを調査、また、オークパークからペトスキーへは、彼が青少年時代にミシガンへ移動する際に辿った道をレンタカーで辿り、生の場所を体験すると同時に、今後の教育研究に役立てる資料を蒐集することができた。
 帰国後、12月の日本ヘミングウェイ協会での学会で口頭発表、また、今年度中に発行予定の『ヘミングウェイと老い』(仮題)に論文が載せられることになった。(初校が近くあがる予定。)また、今年度の教養科目「言語と文化(ことばと文学)」では、ヘミングウェイの詩を中心に扱い、秋学期の英語2でもヘミングウェイを一つの核に教える予定である。また、上記のように、来年6月の国際ヘミングウェイ協会での学会のシンポジウムのパネリストになり、また、それ以外に自分個人の論文発表もする予定であり、今回の後援会にいただいた学術調査・研究助成金で得られたものの成果を今後の研究に役立てて行きたいと思っている。

結果発表
1.結果発表の時期 2012年12月、2013年度中、2014年6月
2.結果発表の方法 この出張で発表した論文を出版、2012年日本ヘミングウェイ協会大会で口頭発表(済)、『ヘミングウェイと老い』に論文掲載(校正待ち状態)、2014年国際学会(15th Biennial International Hemingway Society Conference )のシンポジウムと個人発表の両方で発表予定。

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