内部統制監査制度が監査の質と監査報酬の関係に及ぼす影響に関する実証研究

会計情報学科　准教授　笠井　直樹　

　本研究の目的は，現在わが国において導入されている内部統制報告書監査制度に焦点をあて，当該制度が企業の経営者および外部監査人の行動にどのような影響を及ぼしたのかについて分析を行うことである。特に当該制度は主に企業の内部統制の仕組みおよび（内部統制報告書に対する）外部監査制度を強化することを意図して策定された制度であるので，当該制度が導入された前後において，経営者の行動（主に経営者による利益マネジメント行動に着目），あるいは（外部）監査人の行動がどのように変化したのかについて公開データを用いて検証を行う。
　当該制度は，近年急速に進んでいるわが国の財務諸表監査制度を取り巻く制度改正に大きな影響を及ぼした制度の一つである。また，当該制度導入以前にすでに，2000年初頭に米国で発生した一連の会計・監査スキャンダルへの対応策の一環として，異例のスピードで同国において成立したサーベインズ・オックスレー法（以下，SOX法）を端緒とする会計・監査規制の強化が国際的に進展している。同法の成立当初は，わが国の規制当局は同様の趣旨の制度導入に関しては部分的には必要性を認識していたようではあるが，抜本的な制度改革に具体的に着手するほどの動きはみられなかった。しかしながら，奇しくもわが国において，カネボウ・中央青山事件や西武鉄道事件等の会計・監査スキャンダルが頻発したことから，急遽米国を範とする規制強化が急速に進められたのである。こうした経緯を受けて，SOX法における監査規制強化の目玉として重要な位置づけにある内部統制報告書監査制度に類似する制度がわが国においても導入されたのである。同時に，実務においては当該規制強化に対応するために，監査を受ける側である企業に対して多額のコスト負担を強いることになる制度であったため，社会的にも大きな注目を集めることとなったのである。
　しかしながら，会計・監査制度を取り巻く利害関係者からの圧力に対して．いわば行政主導で行われてきた一連の制度改正について，その影響を明らかにしようとする研究はほとんど存在しない。そもそも，当該制度に関連する制度改正論議において，規範的な議論はあったとしても，何らかのエビデンスをもって政策導入による影響を議論する機会がわが国では極端に少ないと思われる。そこで，本研究では，主に当該制度の導入前後における経営者による利益マネジメント行動に着目し，当該制度導入によってどのような変化が起こったのかについて分析を行った。しかしながら，当該制度導入によって企業の利益マネジメント行動および財務諸表監査の結果である監査人の行動に及ぼす直接的な影響を公開データから明らかにするのは，他の多くの要因に起因する影響をコントロールする必要性があるため困難である。当該制度導入による影響のうち，今回は経営者による会計的利益マネジメントおよび実態的利益マネジメントと監査報酬との関係が，当該制度導入前後においてどのように変化するのかについて分析を行った。分析の結果，当該制度導入後の方が実体的裁量行動（会計的裁量行動も含む）と監査報酬の関係が強いことが明らかとなった。これらの結果から得られる解釈としては次の2点が考えられる。(1)大規模な実体的利益マネジメント行動および会計的利益マネジメント行動を行った企業に対しては，監査人がこれを認識したうえで当該企業は固有リスクが高いと判断し，相対的に高い監査報酬を請求している。あるいは，(2)実体的利益マネジメント行動に対処するため追加的な監査手続を実施する等して，追加的な監査資源を投入しそれを監査報酬に反映させている。今回の分析では，経営者による利益マネジメント行動について，監査人がそれを認識し監査報酬に反映させている傾向が示唆された，具体的に実務でどのような対応を行っているのかに関しては公開データに基づく分析では明らかにできないので，この点についてはケース・スタディー等の分析手法が有用であると考えられる。今後は，複数の分析手法を用いて多角的に検証を行っていくこととしたい。また，今回の分析では，内部統制報告書監査制度導入による利益マネジメント行動そのものの変化については十分に検証できておらず今後の検討課題としたい。

結果発表
　１．結果発表の時期　
　　　　2015年10月～2016年12月
　２．結果発表の方法　
　　　　滋賀大学ワーキング・ペーパーへの公表および学術雑誌への投稿を予定
　　　　（2016年4月～12月）

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