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モースからMAUSSへ 「贈与論」の展開

藤岡俊博 准教授

講演会の様子

 本報告では、マルセル・モースの論文「贈与論」をベースに展開された贈与論というトピック の大きな流れを整理し、報告者が翻訳・紹介に携わった社会学者アラン・カイエを中心とする MAUSS(社会科学における反功利主義運動)の主張を紹介した。
 モースの「贈与論」はアルカイックな型の社会における経済的給付の様態を、単に経済的側 面に留まらない全体的社会事象として明らかにすることを試みた論文で、特にクラ交易とポト ラッチという二つの儀礼的交換を例に議論を進めたものである。報告では、これらの儀礼の分 析からモースが取り出した「与える・受ける・返す」という「三重の義務」のうち、モースが 特に「返す」義務を主要な問いとして重視したことを取り上げ、返礼の義務を物に内在する力 (ハウ)によって説明したモースの回答が、彼の贈与論の鍵であると同時に弱点にもなったこ とを指摘した。実際、フランス大学出版局の「現代社会学叢書」の第一弾として刊行されたモ ースの論集『社会学と人類学』に、『親族の基本構造』を刊行したばかりのレヴィ=ストロース が、ハウの概念の有効性を完全に棄却する序文を付すことになる。報告では人類学における 「贈与論」の受容がこの批判的受容からスタートしたことを確認したうえで、ゴドリエ、ワイ ナーらによる反批判と、バタイユやデリダといった哲学分野での「贈与論」の解釈の要点を示 した。
 以上の「贈与論」の内容と受容の経緯を踏まえ、贈与の主題をめぐって活発な活動を続けて いるアラン・カイエおよびMAUSSにおいて「贈与論」がどのような意義をもっているのかを説明 した。MAUSSの主要なテーゼは、功利主義をベンサムやミルの思想だけに縮減せずに思想史を遡 ってその淵源を探る「功利主義の古さ」と、モースが対象としたアルカイックな社会に限定さ れない贈与の現在的地位を明るみに出す「贈与の新しさ」という二つの論点に要約できる。 MAUSSは議論の焦点を「功利的なもの」の批判に移すことで、モースの「贈与論」の受容史に つきまとっていた贈与/交換のジレンマから抜け出す視点を提供していると言える。最後に、 方法論的個人主義の立場と全体論的立場という思想史的な布置のなかで「贈与論」を捉え返し たいという報告者の関心の所在を述べて報告の締めくくりとした。
 質疑応答では、経済史自体の捉え直しの可能性、具体的に見られる贈与の肯定的側面、贈与 と交換をめぐるより明確な差異化、贈与/市場経済双方に伏在する各々の反対の側面とその具 体例、などについて非常に重要なご指摘をいただいた。十分な回答ができなかった点を中心に さらに研究を深めていくとともに、本報告から出発してあらためて贈与論の見取図を描いてい くことを今後の課題としたい。
 

(藤岡俊博)

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