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19世紀後半アイルランドにおけるスポーツ-イギリススポーツの受容とナショナルスポーツの創出-

榎本雅之 講師

講演会の様子

 イギリスはサッカーやボクシングなど,現在世界各地で行われている近代 スポーツの母国である。イギリス産の近代スポーツは19世紀,帝国の拡大とともに世界各地 へと伝播した。しかし,アイルランドでは現在こそ,イギリススポーツは一般的になったが, もともと,イギリススポーツの流入は自分たちの文化を破壊するものとして排除された。 代わりに,ハーリングやゲーリックフットボールといった独自のスポーツが行われ,現在 でも毎年9月に行われる全国大会の決勝戦はアイルランドで最大のスポーツイベントとなっ ている。これらのスポーツを運営しているのがゲーリック・アスレティック協会(以下,GAA) である。GAAは1971年まで,組織のメンバーに「イギリススポーツのプレー及び観戦を禁止」 し,アイルランドナショナリズムを醸成した。
 19世紀後半のアイルランドでは,アスレティクスやクリケットなどイギリス近代スポーツ が行われていたが,職工条項を含むアマチュア規定のため,その多くが労働者階級である一 般のアイルランド人はスポーツ大会などに参加することができなかった。また,1840年代の 大飢饉により,アイルランドの伝統的な文化の担い手であった西部地域の多くの人々が餓死, あるいは国外に脱出したため,アイルランドのスポーツは消滅の危機を迎えていた。この状 態を打破するために,ダブリンで教師をしていたマイケル・キューザックは,1884年に一般 のアイルランド人のためのアスレティク大会の開催,ハーリングなどの国民(民族)的娯楽 の復活を目的としたGAAを設立する。その際,カソリック教会の大司教や自治運動を展開して いたアイルランド党の党首,土地同盟の指導者などをパトロンとした。やがて,GAAは急進的 なナショナリストたちと密接に結びつき,独立運動でも重要な役割を果たす。
 さて,GAAはこれまで政治的なコンテキストの中で,単なるスポーツ組織としてではなく, イギリスへのカウンターカルチャーの組織として関心を集めてきた。しかし,一見イギリス スポーツと異なるハーリングやゲーリックフットボールは,本質的には合理的な近代スポー ツである。GAAが設立された頃,アイルランドではラグビーなどのイギリススポーツがプレ ーされており,ハーリングやゲーリックフットボールはそれらイギリススポーツをモデルに, アイルランド的な要素を組み込んで産み出した新しいスポーツの可能性がある。つまり,GAA スポーツは,イギリスの近代的様式を受容しながら,それらに異なる要素を加えることにより, アイルランド独自のスポーツを創出し,それがナショナリズムと結びつくことにより,アイル ランドを表象する文化として一途に守り続ける対象となった。
 
 

(榎本雅之)

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