坂田雅夫 准教授
この報告では、近年経済関係の国際協定で用いられる、個人が直接国家を 相手取って訴え出る仲裁の制度(ISDS手続き)の浸透が国家の破綻処理にどのような 影響を与えているのかを、アルゼンチン危機を素材として分析した。
近年、国際的な経済問題が生じたときの紛争処理の手続きが大きく変わりつつある。これ まで一般的であった手続きは、たとえばWTOでの手続きのように国家が国家を相手取って 話し合い、場合によっては訴訟又は訴訟類似の手続きに訴え出るというものであった。それ に対して最近の自由貿易協定や経済連携協定では、被害を受けた個人が国家を相手取って訴 え出る仲裁の手続き(ISDS手続き)も国家間のものに加えて整備してきている。
このISDS手続きの浸透により、国家の破綻処理という国際的に大きな問題に影響が出 つつある。国家がもはや債務を順調に返済できないという状況になれば、従前であれば国家 又は主要銀行という、限られた当事者間の話し合いで、返済免除や返済猶予が事例ごとに決 められてきていた。しかしながら個人が直接、国際的な裁判手続きを利用可能となってきた ために、国家間の話し合いでの処理を気にせずに、個人がいち早く自分の債権を確保しよう と訴え出るようになった。しかしながら国際法上、国家の破綻処理一般に関する法規は未だ 成立していない。そのために2002年以降もはや破綻状態にあるアルゼンチン相手の多くの訴 訟をどう処理するのかをめぐって混乱が生じた。とくに対立したのは緊急避難の法理を今回 の経済危機に適用できるかであった。緊急避難の法理とは、国際法上、本当は違法となる行 為を特定の場合に違法性を阻却し、正統なものであったと認める法的理由付けである。アル ゼンチン危機が、この法理を適用するべき状況にあったのかどうかが多くの仲裁で激しく争 われ、仲裁判断においても正反対の見解が提示されている。緊急避難は本来、国家破綻のよ うな事態に適用することを想定しておらず適用には非常に無理があり、そのため判例におい ても見解が分かれたと思われる。
その対立の問題の本質は、もはやアルゼンチンに支払い能力が無いという厳然たる現実に あるのであって。しかしながら破綻した国家への国際請求を調整する一般国際法が存在して おらず、かかる混乱となった。国際法における破綻処理の法制度を整える必要性が求められ ている。
(坂田雅夫)