栗田啓子(東京女子大学副学長・教授)
本講演会は、「しがだい資料展示コーナー」で開催中の「はるかなる手紙―滋賀大学所蔵フランスの貴重自筆書簡」第1期展示「クレマン・コルソン」の関連行事として開催された。
「エンジニア・エコノミスト」とはフランス独自の概念で、高度な数学教育を受け、公共土木事業を専門とする官僚であると同時に、職務上の必要性から経済理論の発展にも大きな貢献をした人々を指している。栗田啓子氏は、エンジニア・エコノミスト研究の第一人者で、著書『エンジニア・エコノミスト― フランス公共経済学の成立』(1992年 東京大学出版会)により、渋沢・クローデル賞第10回記念特別賞、日経・経済図書文化賞を受賞している。本書が、「消費者余剰」概念で知られるデュピュイ(1804-1866)など、エンジニア・エコノミストの「第1世代」を主な対象としていたのに対し、今回の講演会は、シェイソン(1836-1910)や、書簡を展示中のコルソン(1853-1939)が属する「第2世代」がテーマである。
栗田氏によれば、「第1世代」のエンジニア・エコノミストが主に、公共土木事業による社会的な「有益性」の実現を目的とし、経済計算の分野で大きな貢献をしたのに対し、「第2世代」の特徴は、「格差解消」などの社会問題に精力的に取り組んだ点にあり、彼らは「社会的エンジニア」と位置付けられる。1889年のパリ万博における「社会経済」部門の展示が示すように、労働者への利益分配、公衆衛生を含む労働者の生活環境の改善は当時の大きな関心事であった。「第2世代」の考察は、社会的貧困問題から始まり、都市問題・住宅問題・人口問題・環境問題・企業内福祉にまで及ぶ。
本講演会で、特に興味深かった点は、イギリスでは民間資本による公共土木事業の推進が支配的であったのに対し、フランスにおいては、「小さな政府」を前提としつつも、国家が養成したエリート集団であるエンジニア・エコノミストたちの果たす役割が極めて大きいことである。「第2世代」のエンジニア・エコノミストたちは、大きな権限を持ちつつも、国家が全てを支配することには危機感を抱き、国家への拮抗力として「アソシアシオン」あるいは「共助」の思想を推し進めてゆく。彼らの構想は、「市場vs.政府」や「資本主義vs.社会主義」など既存の図式では、捉えきれない独特のものであり、彼らの行動を支える思想は、いわゆる「愛国心」とは別物である点も興味深く、現代においても大きな可能性を秘めているように思われた。
本講演会は、経済理論史・思想史だけでなく、都市政策、環境問題、経営学にまで及ぶスケールの大きな内容であった。新型コロナウィルスの影響で、残念ながら参加者は3人であったが、たいへん刺激的な質疑応答がなされ、時間が足りないほどであった。
(御崎加代子)